密かに進んだV8エンジン化 ハンバー・インペリアル V8(1) 紆余曲折で失ったスピード 試作の機運を強めたローバー

公開 : 2026.10.17 17:45

風格高いサルーンを生産していたハンバーが試みた、インペリアルのV8エンジン化。紆余曲折を挟み、市販直前まで進んだものの、クライスラーの断捨離的改革で中止になりました。UK編集部が貴重な試作車を試乗します。

非力さは否めなかった直6エンジンのインペリアル

往年の英国で、信頼性に長け風格の高いサルーンを生産していた、ハンバー。支店長や公務員、実業家など、賢明な出費を求める層に好まれた、高級車メーカーだった。

ルーツ・グループの主力ブランドでもあったハンバーだが、興奮を誘うような高性能モデルは最後まで作らなかった。車格相応の動力性能は備え、高速道路にも充分対応していたが、追い越し車線でのプレゼンスは高くなかった。

ハンバー・インペリアル V8(1966年/プロトタイプ)
ハンバー・インペリアル V8(1966年/プロトタイプ)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

そもそも、ドライバーへの訴求力を強みとはしなかった。しかし、保守的で前時代的なアプローチは、1960年代の英国で販売を後押しすることもなかった。

1961年のハンバー・スーパー・スナイプ・シリーズIVは129psを発揮し、160km/h以上まで加速することはできた。だが、1964年に追加された兄弟モデル、インペリアルを試乗したAUTOCARは、非力さが否めないと評している。

密かにV8エンジン化を進めていたハンバー

当時の英国では、各メーカーが最高出力の高さを競い始めていた。ハンバーは、それに関心を示さないように見えた。対応できる技術がないようにも、受け止められた。

起源をアームストロング・シドレー社へ遡る直列6気筒エンジンは、滑らかで静かに回転したが、重く、力不足といえた。新しいジャガーを運転したことがあれば、満足できる加速力ではなかった。北米から輸入されるV8エンジンを経験した人なら、なお一層。

ハンバー・インペリアル V8(1966年/プロトタイプ)
ハンバー・インペリアル V8(1966年/プロトタイプ)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

ところがハンバーは、クライスラー社製のV8エンジンを採用しようと、密かに計画を進めていた。フォード由来のV8エンジンを積んだサンビーム・タイガーが成功し、親会社のルーツ・グループにはクライスラーの出資が入り、機運は高まっていた。

この流れを加速させたのが、競合メーカーだったローバーの動き。ビュイックの軽いアルミ製V8エンジンのライセンス生産に向けて、GMとの交渉が進められていた。

薄肉設計で軽かったクライスラーのV8

かくして選ばれたのが、ボディの大きいスーパー・スナイプとインペリアル。スナイプ・クライスラーの略となる、SC1からSC6という名のV8エンジン版が6台試作される。さらに、量産を前提とした4台に加え、インペリアル V8も2台が試作された。

クライスラーのV8はスチール製だったが、薄肉設計で軽量化が図られ、従来の直6エンジンより23kg近く軽かった。もし、V8エンジン版のインペリアルが量産されていれば、1967年のローバーP5Bと望ましいライバル関係になっただろう。

ハンバー・インペリアル V8(1966年/プロトタイプ)
ハンバー・インペリアル V8(1966年/プロトタイプ)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

モデルとブランドの、延命にも繋がったに違いない。頻発するストライキや、スコットランドでの生産効率の悪さから、ルーツ・グループは窮地に立たされていた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

ハンバー・インペリアル V8の前後関係

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