ルパン三世 カリオストロの城に感動して購入! 1959年式『フィアット・ヌォーヴァ500』に乗るオーナーの『旧車』遍歴 現在は4台所有

公開 : 2026.10.17 12:05

9月27日に開催された『フリーモーターミーティング』に1959年式フィアット・ヌォーヴァ500で参加したオーナーを、高桑秀典が取材します。『ルパン三世 カリオストロの城』を観て感動し、購入したそうです。

走って楽しむカーライフを満喫

愛車を飾るのではなく、走って楽しむカーライフを満喫している澁澤さんは、現在、4台の旧車と1台の足グルマを愛用している。

ラインナップを記すと、1959年式のフィアット・ヌォーヴァ500、同じく1959年式のオースチンA35、1960年式のオースチン・ヒーレー・スプライトMk-1(通称カニ目)、1964年式のフォルクスワーゲン・タイプ2(21ウィンドウ)、そして、電気自動車のホンダN-ONE e:だ。2輪は、ホンダのモンキーとモトコンポに乗っている。

澁澤さんと1959年式のフィアット・ヌォーヴァ500。
澁澤さんと1959年式のフィアット・ヌォーヴァ500。    高桑秀典

仕事が忙しく、今でこそイベントへの参加率が下がったが、以前はクラシックカーラリーと旧車によるサーキットレースや走行会に没頭しており、去る9月27日に栃木県で開催された『第124回フリーモーターミーティング』(FMM)に乗ってきたヌォーヴァ500はクラシックカーラリーが主戦場だった。

カニ目はサーキット走行用で、A35はサーキット走行とクラシックカーラリーの両方用。遠方でのイベントに参加する際はタイプ2で車載トレーラーを牽引し、その上に各車を積んで悠々移動していた。

ヌォーヴァ500を車載トレーラーに積むこともあるが、大阪にある腕のいいスペシャルショップでエンジンの排気量を669ccまで拡大しているので足が速く、ルーフラックも伊達ではないため、荷物満載状態で北海道を数回訪問。岡山を走るクラシックカーラリーにも参戦し、元気よく走ってきた。

購入後わずか1年で飽きた国産ミニバン

澁澤さん(取材時年齢56歳)が免許を取ったのは1987年で、22歳ぐらいに中古のミニを購入。1991年式で、ジョン・クーパー・キットが付いていた。

めちゃくちゃ速かったので、その当時住んでいた箱根の山坂道を夜な夜な走り回っていたのだという。走り屋の愛車の主流が、FRのAE86からFFのAE92に切り替わりつつある時代の話だ。

荷物満載状態が基本スタイル。カヌーも楽しんでおり、FMM参加時はその仕様で来場した。2013年に勤務地が福島になり、旧車を走らせるのに最適な環境だったので自邸を設けたそう。
荷物満載状態が基本スタイル。カヌーも楽しんでおり、FMM参加時はその仕様で来場した。2013年に勤務地が福島になり、旧車を走らせるのに最適な環境だったので自邸を設けたそう。    高桑秀典

その後、ミニバンブームに乗ってホンダ・オデッセイを購入してみたものの、わずか1年で飽きてしまい、ルパン三世への憧れからアバルト仕様にチューンされ、オーバーフェンダーのアセットコルサ仕様になっているフィアット500Lに買い替えた。このときは転勤先の鳥羽に住んでいたので、三重での軽快なドライブを楽しんでいた。

500Lの後、再び国産車を買ったものの、すぐに飽きてしまったので、31~32歳ぐらいのときに1959年式でフルレストアされたフォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)を購入。ビートルを手放した後、またまた国産車に浮気しつつ、2003年にタイプ2を購入した。

タイプ2を入手した時は勤務地が箱根で、熱海に住んでいたが、名古屋へ転勤になり、当時チッタナポリにあったチンクエチェント博物館に一時期愛用していた初代フィアット・パンダで遊びに行ってみたら、1959年式のヌォーヴァ500が売りに出ていたので、2009年に迷うことなく増車した。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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