27a GRAN PREMIO NUVOLARI 2017

2017.9.15-17

史上最高のレーサーとの誉れ高い「タツィオ・ヌヴォラーリ」を称えるヒストリックカーラリーが、ゆかりの地イタリアのマントヴァを起終点に行われました。今年は、日本から7組が参加したのが注目されます。

text & photo:Kunio Okada(岡田邦雄)

伝説のドライバー ヌヴォラーリを称えるイベント

タツィオ・ヌヴォラーリは史上最高のレーサーの誉れ高い男だ。1892年に生まれた彼は、幼い頃から新時代の乗り物に夢中で、レーサーになるとすぐに頭角を現した。その激しいドライビングから誰しもが彼はサーキットで散ってしまう運命だろうと思っていたが、亡くなったのは自宅のベッドの上だった。

彼のレースはいくつも語り草になっているが、モナコなどのグランプリはもとより、ル・マンを始めミッレ・ミリアやタルガ・フローリオのような過酷な条件下のレースで何度も優勝をしているのだから、ちゃんとクルマに無理をかけずに走っていたわけだ。しかし、同じクルマを与えられたなら、誰よりも速く走れる男だった。いやそれどころか、性能的に劣るクルマに乗っていても、しばしば強大なライバルを打ち負かしたことによって、彼の名声と伝説は築かれたのだった。

タツィオ・ヌヴォラーリは1953年に亡くなったが、それ以降は彼の速さに敬意を表して、ミッレ・ミリアの最後の区間、すなわちクレモナからマントヴァを経由してブレシアのゴールまでの区間を最も速く走った者に対して「グランプレミオ・ヌヴォラーリ」という賞が授けられることになった。

かくしてGPヌヴォラーリ、始まる


1991年から始まり、今年で27回目を迎えた、このヒストリックカーラリーの名称は、かかる由縁によるものだ。ヌヴォラーリの生まれ故郷であるマントヴァ(この街の郊外の大農場が彼の生家だった)をスタートして、シエナやリミーニに向かい、再びマントヴァにゴールするルートだが、毎年、途中のルートは変更されている。今年も3日間(金曜日のお昼にスタートして、日曜日のお昼にはゴールするので、走る時間は正味2日間といってもいいかもしれない)で1024kmのルートを走行した。

今回は1925年のOM 665スペルバから1972年のフィアット500ジャンニーニまでの316台が参加した。地元イタリア勢にくわえヨーロッパ各国やアルゼンチン、オーストラリアからも参加があり、日本からの参加者も7組を数えた。