ブガッティの現在と未来 490km/hを突破した人間とのドライブ 車中の話題は電動化の可能性へ

公開 : 2022.04.30 20:25

時速300マイル(482.8km/h)を突破したクルマで、それを達成したドライバーと、そのクルマの生まれた街をドライブ。車内での話題は、想像を絶する超高速域体験や、ブランドの将来など、じつに興味深いものでした。

ブガッティとその公式ドライバー

アンディ・ウォレスの名を知ったきっかけは、ひとそれぞれかもしれない。最近ではブガッティ・シロン・スーパースポーツで490km/hを突破したが、かつてマクラーレンF1で386km/hを超えてみせたことや、初挑戦のル・マン24時間を制したこと、デイトナ24時間で3度優勝したことも、彼の名を世に知らしめた。ブガッティのピロート・オフィスィエル、すなわち公式ドライバーは、そのキャリアをエンジョイしてきた。そして、現在もエンジョイし続けている。

彼は最近、愛車のフォルクスワーゲンID.3に乗り込んで、英バッキンガムシャーから仏モルスハイムにあるブガッティのファクトリーまで足繁く通う日々を送っている。しかも、フランス北東部のアルザス地方まで、1時間もかからずに走り切る。無駄な休憩時間は少ないほどいいが、彼のそれはおそらくノンストップで走り続ける耐久レースのような感じだ。

ブガッティ・シロン・スーパースポーツで490km/hを突破してみせたアンディ・ウォレスは、レースでの華々しい戦果でも名を知られたドライバーだ。
ブガッティ・シロン・スーパースポーツで490km/hを突破してみせたアンディ・ウォレスは、レースでの華々しい戦果でも名を知られたドライバーだ。    MAX EDLESTON

モルスハイムに建つファクトリーはクールだ。それはまさしく、ブガッティ本来の拠点である。いまや同じフォルクスワーゲングループのポルシェと、クロアチアのEVメーカーであるリマックが会社の実権を握るが、見た目はなんら変わっていない。

1998年にフォルクスワーゲンがブガッティを復興したとき、グループの首脳陣はおそらく顧客がクルマの注文や受け取り、整備などのためにグループの中枢である独ウォルフスブルグへ足を運ぶだろうと考えた。ところが、そうはならなかった。緑に囲まれたモルスハイムの構内には、小さなミュージアムとレセプションルームが、数少ない厩舎や温室のような建物の合間に置かれる。

ここはもともと貴族の居城だった土地で、近代的なアッセンブリー工場やメンテナンス施設が建設されても、元来あったシャトーはそのままに残され、ここで生産される数百万ポンドのハイパーカーを手に入れたオーナーたちを迎えてくれる。

想像し難い490km/hの世界

フォルクスワーゲングループがドイツに所有するエーラ・レッシェンのテストコースで、ウォレスの手によって490km/hを突破した1台も、ここで造られた。そのときのことを、ウォレスに尋ねると、彼はしばらく考え込み、それからこちらも誘われるような笑みを浮かべた。

「心にもないことを言ってもいいんですよ、ファンタスティックだった、君も絶対やってみたほうがいいよ、ってね。でも、正直なところ、本当にあなたの興味をひく話だと思いますよ。なんといっても、1秒間に140m走るわけですからね。つまり、7秒で1km、1マイルは約11秒ですよ。となると、すべての出来事がとんでもなく素早く起きるんです」。

超高速域では、タイヤの回転エネルギーが増大し、サスペンションジオメトリーを狂わせるという。その状態を、ウォレスは独楽の動きにたとえて説明してくれた。
超高速域では、タイヤの回転エネルギーが増大し、サスペンションジオメトリーを狂わせるという。その状態を、ウォレスは独楽の動きにたとえて説明してくれた。    MAX EDLESTON

「想像もできないようなことをひとつ話しましょうか。子供のころ、独楽で遊んだことがありますよね。回すと意志を持ったように動いて、最後は理性を失ったように倒れてしまう。まぁ、それに近いことが、490km/hで走るクルマには起きるんです。タイヤは猛スピードで回って、大きなジャイロスコープのようになります。そこに働く力が非常に強いので、サスペンションジオメトリーを圧倒してしまいます。そうすると、まるでキャスター角がなくなったようになるんです」。

シロンのキャスター角は2.5°。普段は、これがスタビリティの一助となっている。

「クルマが左のほうへ向きはじめて、それを修正したいとき、小さくカウンターを当てれば戻ってくれますよね。ところが、そのまま走り続けていると、それが絶え間なく引き戻されるんです。そうはいっても、450km/hくらいならほとんどどういうこともなくなってしまいますよ」。

本当かと疑いたくなるところだ。しかし、ウォレスの仕事には、顧客やジャーナリストの運転する1600psマシンの助手席に座ることも含まれる。おそらく、それに比べたら自分でステアリングを握るほうがストレスは少ないのだろう。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マット・プライヤー

    Matt Prior

    英国編集部エディター・アト・ラージ
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    関耕一郎

    Koichiro Seki

    1975年生まれ。20世紀末から自動車誌編集に携わり「AUTOCAR JAPAN」にも参加。その後はスポーツ/サブカルチャー/グルメ/美容など節操なく執筆や編集を経験するも結局は自動車ライターに落ち着く。目下の悩みは、折り込みチラシやファミレスのメニューにも無意識で誤植を探してしまう職業病。至福の空間は、いいクルマの運転席と台所と釣り場。

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