レトロなデザインは量産車にも採用予定 シトロエン『2CVコンセプト』世界初公開(後編) フランスの名車がついに復活

公開 : 2026.10.12 17:10

「ブリキのカタツムリ」誕生物語

まるでテスト車両のような粗削りな外観だが、TPV(Toute Petite Voiture:超小型車)は実際には量産モデルだった。

1934年の破産後、シトロエンは主要債権者であったミシュランに買収された。このタイヤメーカーは、フランスの農村部を活性化させ、かつ人々が手頃な価格で買えるクルマを開発するようシトロエンに求めた。

シトロエンTPV
シトロエンTPV

よく知られているように、このクルマは、木靴を履いた農家2人と50kgのジャガイモ、あるいはワインの樽1つを積載し、60km/hの速度で走行しながら、燃料消費量が100kmあたりわずか3L(33km/l)で済むように設計された。また、耕したばかりの畑を横断する際、かごに入った卵を割らずに運べること、そして機械の知識がない人でも修理できることが求められていた。

この片目のような外観のTPVは1939年までに完成し、シトロエンのルヴァロワ工場で最初の250台の生産が開始された。初めて出荷されたのは9月2日だが、その翌日、英国とフランスはナチス・ドイツに対して宣戦布告した。同年のパリ・モーターショーは中止となり、TPVの発売も見送られた。

TPVから2CVへ 約40年続いた生産

TPVは約100台が顧客に引き渡されたと伝えられているが、ナチスによるフランス侵攻と占領を受けて、敵の手に渡らないよう国内各地で多くの車両が隠され、偽装された。

シトロエンとピエール=ジュール・ブーランジェ社長は勇敢な抵抗運動を展開し、ナチスによるTPVの検査を阻止するためにあらゆる手を尽くした。

シトロエン2CV
シトロエン2CV

戦争が終結すると、開発は再開された。世界の情勢の変化に伴い、材料や設計は大きく変化した。その一例として、アルミニウムが高価になりすぎたため、スチールへの切り替えが行われた。

しかし、米国からの資材供給が、新たに国有化されたルノー社とその新型車4CVに振り向けられたため、開発は停滞を余儀なくされた。

量産型2CVは、1948年のパリ・モーターショーで世界に初公開された。生産は1年後に始まり、1990年まで続き、その累計販売台数は500万台を超えた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    チャーリー・マーティン

    Charlie Martin

    役職:編集アシスタント
    2022年よりAUTOCARに加わり、ニュースデスクの一員として、新車発表や業界イベントの報道において重要な役割を担っている。印刷版やオンライン版の記事を執筆し、暇さえあればフィアット・パンダ100HP の故障について愚痴をこぼしている。産業界や社会問題に関するテーマを得意とする。これまで運転した中で最高のクルマはアルピーヌ A110 GTだが、自分には手が出せない価格であることが唯一の不満。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

シトロエン『2CVコンセプト』世界初公開の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

Google検索で『AUTOCAR JAPAN』の記事を見つけやすくする方法

人気記事