海外試乗

2019.09.08

モータースポーツ黎明期 HWM社の一部始終 ストリームラインとクーペ 後編

HWMストリームライン・レーサー/クーペ

文・サイモン・テイラー 

編集部より

高度な技術でレース用スポーツカーと公道向けのグランドツアラーを製造していたHWM社。しかし存在したのはわずか10年、製造したクルマは19台という限られたものでした。そんな貴重なクルマがドイツで生存していると聞き、フランクフルト郊外へと向かいました。

もくじ

余りに高価すぎた美しいクーペ
メカニカル音と排気音の心地よいハーモニー
写真以上にカッコいいクーペボディ
状態の良いジャガーEタイプ並みに速い
HWM社の歴史

余りに高価すぎた美しいクーペ

translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

創設者ジョン・ヒースが急逝した後、HMモータースのガレージにはシリーズ2のシャシーが1台分残っており、アベカシスはワンオフのロードカーを制作することに決める。サスペンションはレースカーのまま活かし、レース用のジャガーCタイプのエンジンに、フェイクレス社製のカムを組み、Dタイプのエンジンヘッドを載せた。

さらにアベカシスは美しいクーペボディをデザインし、アストン マーティンのデザイナーでもあった友人のフランク・フィーリーへスケッチを見せる。アベカシスに説得されたフィーリーはスケッチを元に手直しを加え、ボディを具現化する。

HWMクーペ
HWMクーペ

その結果、1958年としては極めてセンセーショナルだった、エレガントなグランツーリスモが誕生する。ジャガーXK150は当時デビューから時間を経ており、Eタイプが登場する3年も前の時代。HMモータースのクーペはイタリアのスタイリング・ハウスが生んだ最高のボディだと高い評価を得た。

車内はレザー張りの内装に厚手のカーペットが敷かれ、ダッシュボードには計器が整然と並ぶ。当時としては珍しいパワーウインドウで、ラジオとスピーカーも付いていた。ボンネットはフロントヒンジで、アストン マーティンDB2/4のように、エンジンへのアクセス性も良好。大きなリアハッチとリアガラスはアストン マーティンの流用で、広いラゲッジスペースが大きな燃料タンクの上に広がる。

ジョージ・アベカシスはこの美しいクーペを「ジョージズ・フォリー(愚かなジョージ)」と呼んだ。製造コストがかさみすぎ、顧客向けに量産することすら無理だったためだ。そして、アベカシスはこのクルマへの興味を失い、さほど乗らずに売却されてしまう。

 
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