【16年の差】レクサス、日本ではなくアメリカで生まれた背景 アメリカ人幹部がトヨタ本社を口説いた

2020.03.31

「ホンダ、北米でちょっと変わった新戦略」

では、レクサスはどうして日本ではなく、アメリカで立ち上がったのか?

レクサス誕生に関わったアメリカ人関係者らから、筆者(桃田健史)が直接聞き取りをした情報を基に、ここからの話を進める。


1980年中盤「ホンダがアメリカでちょっと変わった新しい戦略を計画しているようだ」との情報がトヨタに入る。

当時、トヨタとホンダの北米営業本部は、カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のトーランス市にあった。現在、トヨタはテキサス州ダラス郊外のプレーノに拠点を移しているが、ホンダはトーランスでのオペレーションを継続している。

また、トーランスの北側の隣、ガーディナには日産の北米営業本部があったが、テネシー州ナッシュビルに移転している。

トーランスやガーディナは、もともと日系人が多いエリアでもあり、トヨタ、ホンダ、日産の社員を顧客に持つ日本食料理店や日本食料品店が多かった。

日本からの駐在員やアメリカ現地採用のアメリカ人はメーカーの枠を超えて、プライベートな付き合いも多く、その中でライバルの情報が漏れていしまうこともあったと考えられる。

実は、筆者はトーランスの南側の隣、レドンドビーチに居住していたので、こうしたトーランス界隈の日系企業の実態に詳しい。

トヨタ関係者が耳にした「ホンダの新戦略」とはなにか……。

 
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