桁違いに強力な1.5L 6気筒ターボ アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1) 英国初GPへ挑んだボートテール・レーサー

公開 : 2026.10.11 17:45

100年前、英国初のGPを戦ったアストン マーティン・ハルフォード・スペシャル。エンジンはドライバー自ら設計した1.5L 6気筒ターボです。UK編集部が10年の作業を経て復元された、貴重なレーサーをご紹介します。

設立間もないアストン マーティンの重要な1台

グレートブリテン島南部、ブルックランズ・サーキットの名残を撮影で往復する。舗装は波打ち、表面に砂が浮いているが、アストン マーティンとの信頼感は深まる。

Uターンを繰り返すほど、テールスライドのアングルは増していく。気温は35度を超え、エンジンが目前で高温を放つが、無二のマシンを自ら操れる喜びの方がしばらくは勝っていた。ところが、気付くと身体のあちこちが痛い。

アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1923年/ワンオフマシン)
アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1923年/ワンオフマシン)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

アクセルペダルを靴下のまま傾けていたから、右足の親指は軽い火傷状態。カメラマンの要望に合わせてカウンターステアを続け、熱々のエグゾーストパイプへ右肘を何度か当ててもいた。早めに冷やした方が良さそうだ。

ハルフォード・スペシャルと呼ばれる、このアストン マーティンは、設立間もないブランドにとって非常に重要な役割を果たした。シャシーは当時の顧客、WG.バーロー氏へ販売された1923年式ツアラーから引き継がれていた。

英国初のグランプリを戦ったレーサー

フランク・ハルフォード氏が、ロイヤル・オートモービル・クラブ(RAC)主催の英国ブランプリへ挑戦したのは1926年。英国初のグランプリレースに向けて作られたマシンの中で、現存する4台の1台となる。

基本設計は、第一次大戦前。最高出力45psの1.5L4気筒サイドバルブエンジンを載せ、ブルックランズ・サーキットでのレースへ3回挑まれている。しかし1924年のイベントで、ドライバーのジョージ・エイストン氏は命を危ぶむクラッシュを起こしてしまう。

アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1923年/ワンオフマシン)
アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1923年/ワンオフマシン)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

その後、このアストン マーティンを買い取ったのが、1894年生まれのハルフォード。彼は第一次大戦で英国軍へ入隊し、戦時中には軍対抗のバイクレースへ参戦。航空工学の分野へ進み、ファーンボロー社やアロール・ジョンストン社などで手腕を振るった。

飛行機用エンジンの開発で活躍した一方、戦後の1922年にはヴォグゾール(現:英国オペル)から、レース用バイクの設計も請けている。4気筒エンジンとドライブシャフトを採用したが、先進的すぎる内容で、2台の試作で終わったが。

エンジンは自ら設計した1.5L 6気筒ターボ

1923年には、技術者のハリー・リカルド氏とともに技術コンサルタント企業をロンドンに設立。航空機メーカー、デ・ハビランド社へ向けた空冷直列エンジンや、ネイピア社の液冷H型24気筒「セイバー」エンジンの開発へ携わった。

翌年、クラッシュしたアストン マーティンを入手したハルフォードは、レーシングマシンの製作へ着手。先進的だった4輪ブレーキや、ハートフォード社製ダンパーが組まれたリーフスプリング・サスペンションを備えた、そのシャシーがベースに登用された。

アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1923年/ワンオフマシン)
アストン マーティン・ハルフォード・スペシャル(1923年/ワンオフマシン)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

ツアラー・ボディは大破しており、流麗なボートテールを備える細身の2シーター・ボディへ換装。ドライバーを守るフロントスクリーンは、当初から省かれていた。

1.5L 4気筒エンジンは、ハルフォード自ら設計した1.5L 6気筒ターボへ置換。ブロックとクランクケースは軽いアルミ製で、上部がドーム状のピストンが与えられていた。12バルブの高度なDOHCヘッドは鋳鉄製で、1気筒毎に2本のプラグが点火した。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

アストン マーティン・ハルフォード・スペシャルの前後関係

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