社運を賭けた前衛サルーン アストン マーティン・ラゴンダ(1) クサビ型にリトラ・ライトの鮮烈巨体

公開 : 2026.04.29 17:45

1976年に発表された、社運を賭けたラグジュアリー・サルーン「ラゴンダ」。ウェッジシェイプ・ボディとデジタルディスプレイへ、多くの人が魅了されました。EVにこそ合致する、その特徴とは?

社運を賭けた1台のラグジュアリー・サルーン

1976年10月20日、アストン マーティンは極めて鮮烈なラグジュアリー・サルーンへ社運を賭けた。経営体制の刷新を機に。

ロンドン・モーターショーでお披露目されたのは、驚くほど低く長い、ウェッジシェイプ・ボディを纏ったラゴンダ・シリーズ2。ギミック満載のコンセプトカーではなく、量産車初となる技術が、惜しみなく投じられていた。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様)
アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

生産は1990年まで続き、ラインオフしたのは計620台。未来志向な姿勢は、充分な成功を掴むに至った。アストン マーティンが当時擁した、他のモデルより3倍も売れた時期もあったほど。

21世紀にも限定的に復活している特徴的なモデル名は、同社の正式名称、アストン マーティン・ラゴンダから来ている。発表から50年が過ぎた今、どんな記憶を残すだろう。

2トップ体制で指示された新モデル開発

ラゴンダ・シリーズ2の発売以前に、アストン マーティンを率いていたのは、1947年に同社を買収したデビッド・ブラウン氏。1950年代と1960年代に、それぞれラゴンダを冠したモデルは提供されているが、主力のDBシリーズより控えめな存在だった。

だが、1966年に入社したデザイナーのウィリアム・タウンズ氏は、DB6の後継モデルとして、2ドアクーペのDBSを描き出す。そのアイデアには、4ドアサルーンも含まれていた。かくして1974年に具現化し、シリーズ1となるラゴンダが発売される。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様)
アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

ところが、提供できたのは7台のみ。既に経営状態は深刻化し、年末に破産管財人の管理下に置かれてしまう。

1975年1月に、カンパニー・デベロップメンツ社が介入。ピーター・スプラーグ氏とジョージ・ミンデン氏による、2トップ体制が組まれる。その2人はすぐに、タウンズへ新モデルの開発を指示した。新時代を象徴するスタイリングで。

多くの人が魅了された未来感溢れる姿

その頃、流行の先端にあったのは、直線基調でクサビ型のウェッジシェイプ。ロータスはエスプリで、フィアットはX1/9で、流れを先行していた。タウンズが、オールアルミ製ボディをウェッジシェイプで仕上げたとしても、不思議ではなかった。

フラットなパネルは、折り紙のようにシャープなラインで結ばれた。製造は難しく、ボディは手作業で仕上げる必要があり、1台に2200時間を要したとされている。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様)
アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

全高は1302mmな一方、全長は5281mmあり、低く長いプロポーションは魅惑的だった。フロントグリルはクロームメッキで輝き、トランクリッドは優雅に傾いた。未来感溢れる姿に、魅了された人は多かった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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