【戦後の高級サルーンを遺す】ベントレーとアームストロング・シドレー 前編

公開 : 2019.12.15 07:50  更新 : 2020.12.08 10:56

混迷の英国から誕生した、ベントレーMkVIとアームストロング・シドレー・サファイア346という2台。重役に束の間の休息を与えた、高級なミドル・サルーンでした。極めて状態の良い2台を所有するオーナーは、次代への継承を心配しています。

もくじ

戦後の自由を楽しめた1950年代
自動車移動は仕事を進める上で不可欠な手段
ベントレーと倍の価格差のアームストロング
当時160km/hまで出せたクルマは6車種

戦後の自由を楽しめた1950年代

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
photo:Luc Lacey(リュク・レーシー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1950年代の英国自動車産業は、現代的な厳しい規制や義務は存在していなかった。街から一歩外に出れば最高速度の縛りはなかったし、駐車禁止の区間も限定的。人口密度は薄く、交通量も少なかった。

いまのクルマ好きが見れば、ユートピアのような姿に映るかもしれない。BBCラジオから流れることといえば、渋滞情報に環境問題ばかりなのだから。

アームストロング・シドレー 3.4/346とベントレーMkVI
アームストロング・シドレー 3.4/346とベントレーMkVI

第一次世界大戦で破壊されていた国土だったが、再びの出来事に自己嫌悪的な空気はなかった。産業といえば実際に「モノ」を生み出すことが本質だと考えられていた。時代をリードする技術は、ジェットエンジンとコンピューターだと予見されていた。

2019年とは大分違う世界観だが、1950年代には時代なりのフラストレーションが蓄積あったことは忘れてはいけない。英国では兵役義務を退け、大気汚染を鎮め、死刑を廃止。平穏に家族とともに過ごせるリビングを取り戻せたような頃だった。

エベレストの英国人登頂や、ロジャー・バニスターの陸上での活躍など、気持ちを高ぶらせるニュースも少なくなかった。反面、デ・ハビランド・コメット旅客機の墜落、スエズ危機(第二次中東戦争)など、良くないニュースも多かった。

戦時中のガソリンの配給制度も終了。平和を享受しながら、これまで過小評価されてきた優雅なサルーンで好きな場所へドライブすることもできるようになった。

自動車移動は仕事を進める上で不可欠な手段

自転車より快適で、英国の鉄道網より便利な自動車。1950年前後の道路網の現実を考えれば、大きなサルーンはとても魅力的に思える移動手段だったはず。

その頃、英国人が移動手段として自動車を使用していた割合は30%程度。個人の足として自動車の普及が進む状況にはあったが、道路整備に回される予算は限られていた。高速道路の完成は数年後で、バイパスもない。クルマで旅行をする場合、混雑した街なかを否応なしに通過する必要があった。

ベントレーMkVI(1946年〜1952年)
ベントレーMkVI(1946年〜1952年)

2019年なら高速道路で数時間ほどの距離でも、1950年代は丸1日を費やす旅行になりえた。今は車道を走る自転車を交わすのに大変だが、当時は荷物満載のトラックがノロノロと行く手を阻んだ。大型バスと戦前の古いサルーンも、ペースを狂わせた。

プレミアムなクルマとして、快適性と加速力を重視するという姿勢は、当時も変わらず存在していたのだ。

アームストロング・シドレーの走りは穏やかだ。ステアリングは重くスロー。車内の風通しはベントレーより良い。ノーズを飾スフィンクスのマスコットには、ジェットエンジンのモチーフも付いている。

コーナリングでペースを上げてはいけない。ドライバーの目の前には、エンジンルームいっぱいに、3.5Lの直列6気筒ユニットが押し込まれている。

1950年代の交通事情の中でベントレーやアームストロング・シドレーは、裕福な人物が得られた通行手形のようなもの。ステータスシンボルだけでなく、経営者や重役にとっては生活必需品だった。Eメールもテレビ会議もない時代、長距離移動は仕事を進める上で不可欠な手段だったのだ。

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