美しさで免れたスピード違反 アウディR8 V10パフォーマンス RWD 愛おしい1台との別れ(1)

公開 : 2023.10.30 19:05

16年間に渡り無二の存在といえたR8 2代目で熟成を重ねたV10で後輪駆動のRWD 生産終了を控え英国編集部が魅力を再確認

見事な方向転換を決めたクラウンビクトリア

その日、メイングループと別れて、筆者は西へ向かうことにした。目指すのは、ネバダ州とカリフォルニア州をまたぐデスバレー国立公園。ラスベガスは通り過ぎた。アメリカらしく、まっすぐ地平線の向こうへ道が伸びている。

不意に、パトカーが反対側から接近してくる。得もいわれぬ、嫌な気持ちに襲われる。速いクルマに乗っていて、交通量の少ない道に出くわしたら、何かから逃れるように本能的にスピードを出したくなるものだ。しかも、筆者は今より若かった。

アウディR8 V10パフォーマンス RWDエディション(英国仕様)
アウディR8 V10パフォーマンス RWDエディション(英国仕様)

その前日、ホテルのロビーでスタッフから忠告を受けていたのを思い出す。この付近のパトカーには、対向車のスピードを計測できるドライブレコーダーが搭載されているから、充分に気をつけた方が良いと。

「クソッ」と口から汚い言葉が漏れるのとほぼ同時に、パトカーとかなりの相対速度ですれ違う。助手席の同僚は、ドアミラーで後方の様子を確認する。筆者も否応なしに、アクセルペダルを緩めながらバックミラーを覗き込む。

充分な道幅があったとはいえ、フォード・クラウンビクトリアは、今まで見たこともない速度からの華麗なハンドブレーキ・ターンを披露した。保安官は即座にニュートラルを選択し、ステアリングホイールを切りながらブレーキレバーを引いたのだろう。

見事な方向転換を決めた後、アクセルペダルが勢いよく踏まれたのがわかる。加速と同時に、サイレンとパトライトがオンになったことにも感心してしまった。間違いなくベテランの仕事だ。他人事のようだが。

自分がこれまで見たクルマで最も美しい

ロックオンされた筆者は、素直にクルマを路肩へ停める。パトカーが後ろに停まり、保安官がゆっくり降りてくる。ガッチリとした体格で、帽子を被っている。筆者はサイドウインドウを開き、クルマから降りず待つことにした。

「どうしたんですか、お巡りさん」。そう聞こうかと思ったが、やめておいた。

アウディR8 V10パフォーマンス RWDエディションを運転する筆者
アウディR8 V10パフォーマンス RWDエディションを運転する筆者

保安官は、観察するようにクルマを一周する。筆者は身も心も縮み上がっている。ガラス張りのリアハッチ越しに、4.2L自然吸気V8エンジンをじっくり眺めている。不思議な、緊張した時間が流れる。

「この道で、ここまで速く走っている人と会うのは久しぶりですよ」。保安官が皮肉を込めて口を開く。

「少し急いでいたかもしれませんね」。とわたしは答えた。

保安官は、「ろくでもないヤツだな」と毒を吐かなかったものの、そう思っていることは表情から感じ取れた。どの町から、どこを目指して走っていたのか質問される。

正直に答えると、「このクルマは一体何ですか?」。と、少し雰囲気を変えて尋ねてきた。「新しいアウディR8です」。「え、アウディ?」。もの珍しそうに聞き返される。

「最新のアウディです。ミドシップエンジンで、かなり速い・・」といいかけたところで止めたが、保安官は「わかります。速かったですね」と付け加えた。

さらに、「いつ以来かはわかりませんが、自分がこれまで見たクルマの中で最も美しい」。と表情を緩める。暗闇が広がっていた筆者の心に、明るい光が差し込む。

記事に関わった人々

  • 執筆

    アンドリュー・フランケル

    Andrew Frankel

    英国編集部シニア・エディター
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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