1980年末『路上のビジネスクラス』たち(1) 直列6気筒エンジンを搭載するBMW、ジャガー、オペルの高性能サルーン

公開 : 2026.10.24 17:45

1980年代末のBMW 535i、ジャガーXJR、オペル・セネター 24vという直列6気筒エンジンを搭載する高性能サルーンたち。ブランドの特長が色濃く表れた姿と走りの印象を、UK編集部が味わいます。

TWRの精鋭によって引き出された254ps

本社ビルの上層階。直列6気筒エンジンのサルーンを飛ばし、役員会議へ1番乗りで到着する。ドアが見える席を選べば、ライバルの様子を観察できる。テーブルへ、用意した資料を丁寧に並べる。先に入室した余裕で、会議の空気も味方にできそうだ。

ジャガー・スポーツXJRは、不満なく速かった。何しろ、トム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)の精鋭によって、6950ポンド相当のチューニングが施されていた。4.0L直6エンジンは、吸排気系の改良で254psを発揮した。

手前からXJRと、535i スポーツ、セネター 3.0i 24v。
手前からXJRと、535i スポーツ、セネター 3.0i 24v。    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

BMW 535i スポーツに積まれる3.5L 直6の210psや、ヴォグゾール(オペル)・セネター 3.0i 24vの206psを、軽く凌駕していた。ただし、車重はその2台より200kgほど重く、220km/h超までの加速力は横並びといえるが。

屈指の血統を誇るジャガーだが、1980年代末の高性能サルーンの世界で頂点を勝ち取るには、馬力だけでは不充分。洗練された質感や、威厳ある見た目だけでも。CPUの性能や空力性能、ボディの製造精度なども、疎かにはできなかった。

風洞実験でクラストップのCd値を得たセネター

空気抵抗を示すCd値がクラストップといえたのがセネターで、実に0.30。風洞実験を経て、ボディは研ぎ澄まされていた。フロントノーズに無駄はなく、プレスラインやドアパネルはピシッと揃い、サイドウインドウは見事にピラーとフラットに閉まる。

オメガ/カールトンも含んだ、当時で7億ポンドを投じた6年間の開発プロジェクトは、他を圧倒する規模。親会社だった、GMのコンピュータ解析能力の賜物でもあった。

ヴォグゾール(オペル)・セネター 3.0i 24v(1987〜1993年/英国仕様)
ヴォグゾール(オペル)・セネター 3.0i 24v(1987〜1993年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

開発時に重視されたのが、静寂性。広告チームが「エンジンが静かすぎてコンピュータの動作音さえ聞こえそう」と冗談を口にしたほど。

ヴォグゾールのフラッグシップとして、上級サルーンへ求められた装備は網羅。それでいて、最上級グレードのCDでも2万3000ポンドとお手頃なことが、強みといえた。ただし、車重は先代から150kgも増え、重視される高速性能への懸念が残った。

四角いマフラーカッターと小さなスポイラー

そこで追加が決まったのが、直列6気筒エンジンの24バルブ仕様。サイズ的には12バルブユニットと同等だったが、実際は完全な新設計で、アルミ製シリンダーヘッドの上には、デュアルラム・システムと刻まれたアルミ製インテークが誇らしく輝いた。

1989年に最上位モデルとして3.0i 24vは登場するが、主張は控えめ。四角いツインマフラーカッターと、小さなテールスポイラー、24vのエンブレムなどで差別化された程度。それでも高速道路では、気付けば追い越されていたほど速かった。

ヴォグゾール(オペル)・セネター 3.0i 24v(1987〜1993年/英国仕様)
ヴォグゾール(オペル)・セネター 3.0i 24v(1987〜1993年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

吸気系は電子制御の可変式で、燃料噴射はモトロニック1.5。4000rpmを超えると、性格が一変するように、12バルブ仕様から31ps増しのパワーが開放された。

車高は前で15mm、後ろで12mmダウン。マルチリンク式のリアサスペンションには、挙動を安定させるためのトラックロッドも追加され、アダプティブダンパーが組まれ、ブレーキも強化された。LSDはオプションだったが、価格競争力は高かった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    アーロン・マッケイ

    Aaron McKay

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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