「たら?れば!」へ想いが巡る シアタ208 CS メキシコ・クーペ(1) フィアットV8のスポーツレーサー

公開 : 2024.03.24 17:45

1954年のカレラ・パナメリカーナを目指したシアタ208 CS クーペ ロータスへ通じるスピリット オリジナルのV8エンジンと5速MTでレストア 英国編集部がご紹介

見送られた1954年のカレラ・パナメリカーナ

イタリアの小さな自動車メーカー、シアタ社の特別な208 CS メキシコ・クーペには、大きな可能性があった。メキシコで開かれていた公道レース、1954年のカレラ・パナメリカーナで、クラス優勝を掴んでいたかもしれない。

ところが、アメリカ・ロサンゼルスまで運ばれたことは間違いないのだが、出走することはなかった。必要最低限の装備が与えられた、低く狭いコクピットへ腰を下ろすと、「たら?れば!」へ想いを巡らさずにはいられない。

シアタ208 CS メキシコ・クーペ(1954年)
シアタ208 CS メキシコ・クーペ(1954年)

ステアリングホイールの奥に、大きなイエーガー社製メーターが並ぶ。フロントガラスは低くワイド。オスカやポルシェのファクトリー・チームを相手に、フィアット社製2.0L V8エンジンと5速MTを載せた小さなクーペは、快走を披露できたはず。

アメリカ人ドライバー、アーニー・マカフィー氏のスキルも低くはなかった。しかし、ワンオフで仕上げられたアルミニウム製ボディは、メキシコの山脈や砂漠を見ることはなかった。

その70年後、2024年のグッドウッド・サーキットを、208 CS クーペが駆ける。軽量化の穴が無数に空いたシャシーに、イタリア・トリノで組まれた、フィアットV8用ティーポ104ユニットが載る。約725kgと車重は軽く、好バランスでシャープだ。

6000rpmまで勢いよく吹け上がり、最高出力は142ps。エッジの効いたエグゾーストノートが、キャビンを満たす。ウォーム&ホイール式のステアリングラックは、適度な重さと感触で、高速コーナーを導く自信を高める。

ロータスへ通じるスピリット

サスペンションは、前後とも独立懸架式。ブレーキはドラムだが、感心するほど頼もしく効く。市販仕様のシアタ208は、ベスト・ハンドリング・スポーツカーだと北米の自動車メディアから高評価を集めたが、それを頷かせる。

1台のみ仕上げられたファクトリー・マシンは、マフラーにサイレンサーが備わらず、V8エンジンの音響を包み隠さず放出する。高回転域まで引っ張ったボリュームは、グッドウッド・サーキットの騒音規制を犯しているかもしれない。

シアタ208 CS メキシコ・クーペ(1954年)
シアタ208 CS メキシコ・クーペ(1954年)

速度が上昇するほど、圧巻の落ち着きが顕になり、さらに高速域へ誘う。シートポジションが低く、70年も前のモデルだとは思えない。イタリアン・ブランドというより、ロータスへ通じるスピリットを感じる。

呆れるほど軽いドアを開き、体をねじりながら降りる。サイドガラスには、マカフィーの名が記された、赤いステッカーが当時のまま貼ってある。

アメリカ・カンザス州生まれの彼は、西海岸でシアタの輸入代理店を営んでいた。若き映画スター、スティーブ・マックイーン氏も顧客として抱えていた。

マカフィーは1930年代後半から、内陸の干上がった湖で流線型のホッドロッドをドライブし、最高速に挑んでいた。10代の頃に記録を更新し、1949年には億万長者を相手にレース・イベントで勝利。アメリカの西海岸では一目置かれる人物になった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ミック・ウォルシュ

    Mick Walsh

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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