当たり前じゃない軽妙な走り ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(2) 好ましい適度なヤレ感 現代の交通にも交われる
公開 : 2026.09.19 17:50
1930年代に、優れた技術力を誇示したライレー。その主力の1台が、ケストレル 1 1/2リッターです。当たり前とはいえない、今でも見事に軽妙な走り。UK編集部が傑作の魅力を振り返ります。
もくじ
ー最初のオーナーは創業者の息子、セシル・ライレー氏
ー時間の経過とともに生まれた適度なヤレ感
ーラジエターの頂部で輝く猛禽類のマスコット
ーキビキビ加速し2026年の交通にも問題なく交われる
ー当たり前の体験とはいえない軽妙な走り
ーライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(1935~1938年/英国仕様)のスペック
最初のオーナーは創業者の息子、セシル・ライレー氏
ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッターの正確な生産台数は、調査が難しいと現オーナーのアンディ・シーガー氏は話す。「1938年に経営破綻し、ブリティッシュ・レイランド傘下になりましたが、多くの資料は戦争で焼失したようです」
「それでも、片側に窓が3枚あるシックスライト・ボディのケストレルは、計1100台ほど作られたと推測できます。スプライト仕様の割合は不明ですが、自分の推測では200台程度ではないかと」

シーガーのケストレル・スプライトは、1936年10月にデモ車両として登録されたもの。最初のオーナーは創業者の息子の1人、セシル・ライレー氏。当初の塗装は、レッドだったという。彼は第一次大戦で服役し、その後ライレー・ナインの開発に携わっている。
時間の経過とともに生まれた適度なヤレ感
1937年2月に手放され、ロンドンでライレー・ディーラーを営んだ、ジミー・ジェームズ氏が購入している。その後の詳細は不明だが、1960年代までは常用されていたようだ。終戦直後のモデルより性能に優れ、運転しやすかったためだろう。
それまでの何処かで、ボディはスラッジ・グリーンへ再塗装。さらに複数のオーナーを介して、1984年まで断続的に公道を走っていた。現在は復元されているが、ボディサイドのランニングボードを途中で失っている。

1990年代に、エンジンブロックへヒビが入った状態で発見。ライレーを得意とする、ブルー・ダイヤモンド社によってレストアが施された。それから28年。時間の経過とともに適度なヤレ感が生まれ、今では好ましい趣を漂わせている。
ボディは全高が低く、幅も狭め。18インチのノックオフ式ワイヤーホイールが、全体の印象を引き締める。電装系は、電圧6Vが主流だった中、いち早く12Vが採用されていた。ただし点火マグネトーは、実用性を求めてデスビとコイルに置換されている。
ラジエターの頂部で輝く猛禽類のマスコット
シーガーによれば、ケストレル・スプライトは110km/h程度での高速巡航も難なくこなすという。ブレーキが余り効かないことを、忘れてはならないが。当時のAUTOCARによるテストでは、3速で6000rpmまで引っ張って、101km/hに届いたようだ。
乗り心地を踏まえ、前後アクスルの間に配されたキャビンはフロアが低く、大人4名が問題なく過ごせる。ドアは大きく開き、閉めるとドスンと重い響きが鳴る。フロントガラスはヒンジで倒せ、大きなサンルーフも備わる。荷室は、見かけ以上に広い。

少し左へオフセットしたステアリングホイールは巨大で、ハブ部分にホーンとウインカー、ヘッドライト、点火タイミングのスイッチ。小さなスターターボタンを押すと、短いクランキングで1496ccの4気筒エンジンは始動した。
約500rpmのアイドリングは静か。細く伸びるボンネットの両脇に、ヘッドライトのドームが見える。ラジエターシェルの頂部では、誇らしく猛禽類のマスコットが輝く。






























































































































































































