フィアット初代『プント・スポルティング・アバルト』に乗る女性オーナー MT免許を取得したことでたどり着いたのは必然だった?

公開 : 2026.07.18 12:05

年代やメーカーを問わずさまざまな欧州車が集結した『富士トリコローレ2026』。高桑秀典が会場で出会ったオーナーさんの中から、初代『フィアット・プント・スポルティング・アバルト』に乗るMSさんを紹介します。

小さな黄色いクルマを探したらプントに辿り着いた

去る5月24日に開催された『富士トリコローレ2026』は欧州車を対象としたイベントで、会場となった富士研修所に年代やメーカーを問わず300台弱が集結した。

最大勢力はイタリア車で、それにドイツ車、フランス車、イギリス車、スウェーデン車という順番で続いた。

富士トリコローレは初参加で、初ミーティングはFesTricoのフィアット女子会だったというMSさん。
富士トリコローレは初参加で、初ミーティングはFesTricoのフィアット女子会だったというMSさん。    高桑秀典

メーカーではアルファ・ロメオが最も多く、アバルト、フィアットが続いたが、3番目に多かったフィアットの中で気になる1台がいた。

知り合いの2代目ランチア・イプシロン・オーナーが会場内をパトロールしている時に見つけ、声がけしてくれた女性オーナー、MSさんの愛車がそれで、初代プントのスポーティグレードとしてラインナップされたスポルティング・アバルトであった。

実車を久しぶりに見たので取材させてもらったら、このように話してくれた。

「この1999年式のスポルティング・アバルトは私にとって2台目のプントで、2024年に買いました。1台目は2023年でしたが、アクシデントがあり、1年だけ乗って手放しました。最初のプントも同じぐらいの年式でしたね」

せっかくMT免許を取得したので、マニュアルトランスミッションの小さなクルマに乗りたいと思い、外装色がイエローのクルマに絞って探したらプント・スポルティング・アバルトに辿り着いたのだという。

1台目は当時住んでいた県内で買い、2台目は大手インターネットオークションで購入したそうだ。

祖母がフィアット131に乗っていた

「イタリア車が欲しかったというよりも、欲しいクルマがたまたまイタリア車だったんです。プント・スポルティング・アバルトは、ヘッドライトのデザインが好きですね。フィアットしか所有していないので、足グルマ兼趣味グルマとして乗っています」

そのように話してくれたMSさんだが、一緒に来ていたお母さまが幼少期にフィアットのセダンに乗っていたことがあるそうで、詳しく伺ったらMSさんの祖母の愛車が131ミラフィオーリであった。

ディーラー装着オプションのエアロパーツで迫力ある外観になっている。
ディーラー装着オプションのエアロパーツで迫力ある外観になっている。    高桑秀典

ということで、フィアット・プント・スポルティング・アバルトを選び、愛車にしたのは偶然ではなく必然だったのかもしれない。

車高の低さが気になったので、そのあたりのことについても話してもらった。

「買うときに汎用のダウンサスがセットになっていて、それが装着されています。車高が低いのは好きなのですが不便なので、扁平率が高いタイヤを履き、車高を少しアップして乗っています」

パーツが全体的に少なくなってきていて、リアゲートのダンパーも抜けたままになっていたが、車高調を造ってくれるところがあるので、まだまだ乗るそうだ。

40歳になったら2001年式のマセラティクアトロポルテを購入したいとも話してくれたので、その時はまた、取材したいと思う。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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