【休日クラシック・ポルシェ・アーカイブ #40】1987年ポルシェ911ターボ・フラットノーズ「ファンの声に応えて誕生した究極モデル」

公開 : 2026.10.04 09:11

世界的な人気モデルとして支持され、サーキットでも数えきれぬ栄光の記録を刻んできたポルシェ。日曜日の午前9時11分に公開する、そんなポルシェの足跡を膨大なアーカイブと共に振り返る連載です。#40は『1987年ポルシェ911ターボ・フラットノーズ』です。

フラットノーズ登場前夜

今では『ポルシェ911ターボ』のバリエーションとして広く知られている『フラットノーズ仕様』だが、様々な偶然が重なって誕生したのである。最初のキーは、ポルシェでレース活動を行っていたクレマー・レーシングが、930ターボを935のスタイリングにするコンバージョンキットを販売し人気を集めたことだった。

このキットを知った熱心な顧客は、ポルシェ社にフラットノーズ仕様をカタログモデルにできないかと要望するが拒否されてしまう。当時ポルシェには『ゾンダーヴンシュ・プログラム(特別注文)』が用意されていた。

1987年ポルシェ911ターボSEフラットノーズ
1987年ポルシェ911ターボSEフラットノーズ    ポルシェ

このプログラムは完全招待制で、ポルシェの特別な顧客が自身のクルマを自由にカスタマイズできた。提供される内容は多岐にわたり、チューニングから、スタイリングの変更、特別なボディカラー、インテリアカラーの選択にまで及んだ。

このゾンダーヴンシュ・プログラムで、1983年からターボのボディをスラントノーズにし、944譲りのリトラクタブル・ヘッドライトを組み合わせた仕様を注文できるようになる。

これは、レーシングマシンであるポルシェ935を彷彿とさせるスタイルだった。さらに、出力を30hp向上させるオプションも用意された。これをスラントノーズ仕様と組み合わせることで、911ターボの最高速度は275km/hに達した。しかし標準モデルのほぼ2倍という価格だったため、フラットノーズが注文されることは稀だった。

最初期のフラットノーズ・モデル

ポルシェは1983年に、TAGグループのオーナーであるマンスール・オジェのためにワンオフのロードカーを製作する。930をベースに935を模したデザインが施され、『ポルシェ935ストリート』と呼ばれた。これがポルシェ製最初期のフラットノーズ・モデルとなった。

ベースとなったのは930のボディシェルで、そこに934用の3.3リッター・ターボチャージャー付き水平対向6気筒エンジンを搭載。サスペンション、ブレーキ、ボディワークは935のものが組み込まれた。

ポルシェが公式に製作したフラットノーズは、TAGグループのオーナーであるマンスール・オジェのためにワンオフで製作された『ポルシェ935ストリート』だった。
ポルシェが公式に製作したフラットノーズは、TAGグループのオーナーであるマンスール・オジェのためにワンオフで製作された『ポルシェ935ストリート』だった。    ポルシェ

ボディカラーはブリリアント・レッドとされ、インテリアはクリーム色のレザーとウッドパネルで仕上げられていた。完成したその車両はすぐに話題となり、顧客はポルシェに対し『ストリート935=フラットノーズ』をカタログモデルに求める声が高まるのだった。

フラットノーズがカタログモデルに

ファンの声に応えてポルシェは1987年に『フラッハバウ(Flachbau)』、すなわちフラットノーズ仕様をカタログモデルとして設定する。正式名称は『911ターボSE』だったが、一般的には『フラットノーズ』と呼ばれていた。

究極の911ターボとして位置づけられたこのモデルは、ボディが強化され、最高出力330hpを発揮するエンジンを搭載する。1987年以前はゾンダーヴンシュ・プログラムでのみフラットノーズを提供していたため、これが正式なカタログモデルとなったことは大きな出来事だった。

1987年に911ターボ・フラットノーズ仕様は、正式にラインオプションとなった。
1987年に911ターボ・フラットノーズ仕様は、正式にラインオプションとなった。    ポルシェ

以前と同様にフラットノーズは手作業で製作されるモデルであり、ターボだけでなくNAのカレラにも設定された。1987年モデルでは、米国向けには『M505』というオプションコードが割り当てられ、その他の地域向けには『M506』が設定された。

参考までにこのオプション費用は、新車の911ターボ本体価格の約50%に相当する高価なものだった。

●空冷水平対向6気筒 ●3299cc ●330hp ●275km/h

記事に関わった人々

  • 執筆

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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