【休日クラシック・ポルシェ・アーカイブ #38】1984年ポルシェ911カレラ3.2 4×4パリ・ダカール/タイプ953(前編)「AWDでパリ・ダカール・ラリーに挑む」
公開 : 2026.09.20 09:11
世界的な人気モデルとして支持され、サーキットでも数えきれぬ栄光の記録を刻んできたポルシェ。日曜日の午前9時11分に公開する、そんなポルシェの足跡を膨大なアーカイブと共に振り返る連載です。#38は『1984年ポルシェ911カレラ3.2 4×4パリ・ダカール(タイプ953)』の前編です。
ポルシェとラリー
ポルシェは創業以来ミッレ・ミリアやカレラ・パナメリカーナ・メヒコなどのロードレースを始め、ル・マン24時間などのサーキットでのレース、そして様々なラリーに挑み、数え切れぬほどの勝利を勝ち取ってきた。
この中でラリーは全戦に参戦するのではなく、スポット的にエントリーし数多くの優勝を勝ち取ってきた。1982年からラリーは、より先鋭化したグループBマシンで競われることになる。ポルシェは水平対向6気筒エンジンをツインターボで武装し、全輪駆動(AWD)化した『959』で挑む予定だった。

ところが開発に予想以上の時間を要したため、つなぎに『911SC RS』を製作して1984年に投入する。しかしラリーはターボAWDマシンが主流の時代に突入しており、2WDでNAの911SC RSでは戦闘力の限界が見えていた。そのためラリーへのワークスとしての挑戦は一時休止されるのだった。
常に戦うことによりテクノロジーを磨くことを信条としていたポルシェが、新たに選んだのがラリーレイドだった。当時世界的に名をとどろかせていたラリーレイドを代表する存在のパリ・ダカール・ラリーを新たな目標に据えたのである。
同ラリーはパリからスペインまでは単に移動するだけだったが、アフリカに入ると砂漠の道なきルートを駆け抜ける、総走行距離が1万2000kmにも及ぶラフロードの長距離耐久レースといえた。この極限の耐久力を必要とする点が、ポルシェの挑戦魂に火を点けたのである。
各要素を融合させたコンセプトカーを発表
ポルシェは1981年のフランクフルト・ショーで、カブリオレ、ターボ、そしてAWDという各要素を融合させたコンセプトカーを発表していた。その名は『ポルシェ911ターボ3.3 4×4カブリオレ』だ。
ポルシェでル・マンを4度制したジャッキー・イクスが、その試作車がテスト走行する姿を目にし、あるアイデアを思いついたという。それはAWDシステムを搭載したラリー仕様の911で、パリ・ダカール・ラリーに挑むことだった。

世界ラリー選手権とは別のジャンルとして開催される同ラリーは、1979年の開始以来年々その名声を高めていた。イクス自身も1983年に挑み、メルセデス・ベンツ280GEで優勝を飾っていた。
イクスのこのアイデアは、ポルシェにとって先駆的かつ成功をもたらすプロジェクトとなる可能性を秘めていた。開発責任者のヘルムート・ボットが承認を与え、イクスがタバコブランドのロスマンズを参戦のスポンサーとして獲得する。
こうしてAWD化や数々のラリー用装備を施したポルシェ911カレラ3.2が、3台製作される。正式な名称は『ポルシェ911カレラ3.2 4×4パリ・ダカール』だったが、社内形式では『タイプ953』と呼ばれた。





































































































