野ざらし発掘 ーー 貴重なオリジナル・エンジン搭載のロータス30

公開 : 2017.04.23 11:00  更新 : 2017.06.01 00:22

ロータスとしては異例の失敗作となったロータス30。33台しか製造されなかったこと。そしてレーシング・マシンであるがゆえに、それぞれのマシンがさまざまなモディファイを受けたことからも、オリジナル・エンジンを搭載するモデルはこの1台だけだと思われます。

33台が生産されたロータス30の中で、唯一オリジナル・エンジンを搭載していると思われるモデルが26年ぶりに再び現れた。このロータス30は、コーリン・チャプマンの息子のクライブ・チャプマンによってシャシー・ナンバーが10であることが証明されたマシンでもある。

1964年にスポーツ・レーサーとしてデビューするロータス30は、チャプマンとマーチン・ウェイドの設計で、フォードGT40にも搭載されていた4.7ℓフォードV8を積むマシンだった。ジム・クラークの手によってデビュー初戦で勝利を収める速さを見せたが、実は多くの問題があるマシンだった。その問題の多くは、スティール製フレームの強度不足によるものであった。


ここに取り上げたマシンは当初、フランスに納車された。最初のオーナーはベルギー人ドライバーのジーン・ブラトン。彼はジーン・ビュルリスのペンネームでも知られる人物で、彼の姪キャサリンはジャッキー・イクスと結婚している。

1965年にブラトンはロータス30シリーズ2をオーダーしたが、火災を起こし激しくダメージを負ってしまう。


そこで、彼はこのマシンを工場に送り返し、あらゆる改良を施したロータス30に変更するオーダーをする。その理由は「危険に思ったから」だと言う。新しいマシンはシャシーを強化され、エンジンを改良し、ZF25ギアボックスを装備し、F3タイプのホイールを履ける仕様にした。そこで、シャシー・ナンバー10が与えられることになる。

ブラトンはこのマシンで幾つかの成功を収めた。特にヒルクライムでは圧倒的な強さを見せた。1969年にはエイマール・ヴィレンファン氏に売り、その後スピッツァー兄弟に売られた。さらに歴史的なレーサーであるサージ・ポッツォーリ氏の手に渡ったが、その友人のマルセル・アルクイエ氏が1990年のアヴィニヨンGPの際にクラッシュして炎上し、そのまま放置されることになる。


その後現在のオーナーが手に入れることになるが、現在、このロータス30は売りに出されている。
 
※ 編集部では日本国内で野ざらしになっているクルマの情報もお待ちしております。写真とコメントを編集部までお送りいただければと思います。

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