デザイナー、イアン・カラム ジャガー新時代の立役者 惜別の独占インタビュー

公開 : 2019.06.22 18:50

素晴らしい功績 常に前進

2004年のフランクフルトモーターショーに向けて創り出された、アルミニウム製ボディを持つXKクーペが、ジャガーにおけるカラム初の作品だったが、大きな飛躍がもたらされたのは、新たなルックスで登場したサルーンのXFによってであり、このクルマは、ジャガーの方向性を示すとともに、その後、カラムがデザインしたすべてのジャガー製モデルに影響を与えている。

その後も、既存のラインナップを刷新するまったく新しいデザインを纏った数々のモデルが登場している。この新デザインのもとで、XF、XE、XJとXKのモデルレンジを創り出し、FタイプFペイスEペイスといった小規模モデルを誕生させ、コンセプトモデルとして、誰もが量産を期待したスーパーカーのC-X75を生み、IペイスというプレミアムEVによって、ドイツのライバル勢を蹴散らしたからこそ、カラムはさらに先へ進むことを決断したのだ。

彼は、「Iペイスの発売日として選んだのが、まさに50年前、ビル・ヘインズからの手紙を受け取った日だったことに突如気が付きましたが、このことは今回の決断にも多少は影響しています。このクルマがわたしが手掛ける最後のジャガーになるだろうと、なんとなく分かっていたのです」と話す。

カラムは、1950年代から70年代にかけて、デザイナーとはエンジニアリングを理解していない、「単にボディをデザインするだけの」下請けに過ぎないと思われていた時代から、現在の、すべての素晴らしいアイデアを生み出す、中心的な存在だと見なされるようになるまでの時代を生きてきた。


撮影を終え、その素晴らしいキャリアを称賛する大量のeメールに目を通すカラムの様子を眺めていた。仕事として多くのひとびとと会い、90秒でさえ、人前で自信を持って答えるのに戸惑うような人間には、注目されるなか、45分間ものスピーチをこなすカラムには脱帽するしかない。

「感傷的になっているわけではありません」と、彼は言う。「多くの素晴らしい経験と、沢山の機会を与えて頂きました。確かに、フィエスタほどのサイズのスモールジャガーをデザインする機会があればとは思いますが、それはジャガーのビジネスではありません」

「もっとも思い出深いのはアストン マーティンDB7の発売です。わたしにとって、重要な意味を持つ最初のモデルでした。そしてXFも忘れることは出来ません。このクルマからすべてが始まったのです」

「C-X75を量産することが出来なかったことはいまでも心残りですが、FタイプとIペイスという素晴らしいモデルを発売できたことは大いなる喜びでした。こうしたモデルは常に前進することの意義を教えてくれるからこそ、重要な存在なのです」

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