近年フェラーリ変革を象徴する存在、エンリコ・ガリエラ(前編)突然届いた退職の知らせ【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #7】

公開 : 2026.06.30 11:45

エンジニアと自動車専門誌編集者という経歴で膨大な取材量を持つ大谷達也による、『どこにも書いていない話』を執筆する不定期連載です。第7回は、6月23日に退職が明らかになったフェラーリのエンリコ・ガリエラについて語ります。その前編です。

手のひらに残る、マラネロで握手した感触

6月23日、フェラーリからマーケティング&営業部門トップに関する人事異動が発表されました。7月1日付けでマッシミリアーノ・ディ・シルヴェストレが就任し、16年以上その職にあったエンリコ・ガリエラは、新たな道を求めて退職するとのこと。多くの取材でエンリコと交流のあった大谷達也のレポート、その前編です。

エンリコ・ガリエラがフェラーリを退職したとの知らせに初めて触れた時、私は全く信じることができなかった。何しろ、その数日前にイタリア・マラネロで握手した際の、彼の分厚い手の生々しい感触が、私の手のひらにはまだそのまま残っていたからだ。

とはいえ、彼が以前から退職の準備を進めていたと言われれば、思い当たる節がなきにしもあらずだった。

2019年ジュネーブ・ショーにて撮影。この頃になると、新車発表のプレゼンは彼が行っていた。
2019年ジュネーブ・ショーにて撮影。この頃になると、新車発表のプレゼンは彼が行っていた。    平井大介

5月末、フェラーリ・ルーチェのワールドプレミアが行われた前日、同じローマの会場でメディア向けのイベントが催された。

内容としては、その翌日に行われた顧客向けセレモニーと全く同じ(はず)だが、発表と同時に公開されるコンテンツを作成する我々メディア陣には、1日早く同じイベントを体験させて本番のワールドプレミアに備えるというスケジュールが組まれていたのだ。これはフェラーリがよく用いる手法で、この『プレイベント』に参加した際にも私はガリエラと握手を交わしていた。

ただ、普段とやや違っていたのは、この時はガリエラのほうから握手を求めてきたことにあった。

フェラーリ・ルーチェのイベントにて

イベントが始まる直前、フェラーリの首脳陣が決められた席に着き始めた時のこと。そのすぐ近くに腰掛けていた私は、技術開発トップのジャンマリア・フルジェンツィに話しかけようとして彼に近づいた。

既にルーチェの技術情報について説明を受けていた私は、「ルーチェでドリフトはできるのか?」という単純な質問をフルジェンツィに投げかけたかったのだ。私がそう訊ねるとフルジェンツィは、『何を今さらそんな当たり前のことを訊ねているのか?』という表情を一瞬、浮かべたのちに「ええ、もちろんできます」といつもの笑顔で答えてくれたのである。

フェラーリ初のEVとして発表された『ルーチェ』。
フェラーリ初のEVとして発表された『ルーチェ』。    フェラーリ

ガリエラと握手したのは、その直前のこと。フルジェンツィ目がけて進む私が彼の脇を通り過ぎようとした際に、ガリエラのほうから「Ciaaaao!!」といって右手を差し出してきたのだ。

彼の存在に全く気づいていなかった私は突然のことに面食らったが、フェラーリ首脳陣から求められた握手を断るわけにはいかない。私も「Nice to see you, again」と声を掛けて握手を交わしたものの、きっと、彼も私の軽い動揺に気づいたはずだ。

この時も彼のガッシリとした手の感触を私は認めたが、今にして思えば、この時ガリエラが浮かべていた表情が以前とは微妙に違っていたように感じられた。別に暗そうだったとか、残念がっていたとか、そういうことではない。

いつものように明るい笑顔を浮かべていたのだけれど、その表情に、これまで見られなかった類いの優しさというか、ちょっと大げさにいうと慈悲の心が表れているように思えたのだ。

彼の離任が発表される数日前に握手した時の笑顔も、今にして思えばこの時と全く同じ。私の記憶の中にある『情熱的で力強い表情』が抜けて、もっと穏やかで柔らかな微笑みに変わっていたのである。

記事に関わった人々

  • 執筆

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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