【鳥肌モノの再会】アルファ・ロメオ・スパイダー2000 カムテールでグリーンのS2 前編

公開 : 2021.02.07 07:25

とある女性が30年愛する、アルファ・ロメオ・スパイダー。ロンドンで偶然の再会を果たします。アルファのアイコンといえる1台を、オーナーとともにご紹介しましょう。

もくじ

夢に描いていたアルファ・ロメオ・スパイダー
毎日の足としてスパイダーに乗っていた
カバーが掛けられ徐々に乗らなくなった
アルファ・ロメオを買い直そうと決意

夢に描いていたアルファ・ロメオ・スパイダー

text:Alastair Clements(アラステア・クレメンツ)
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
13匹のウサギとともに暮らす、イモゲン・ペイン。今回の主役、1976年式のアルファ・ロメオ・スパイダー2000も、同じくらい大切な家族だ。

「幼い頃はロンドンの西、オックスフォードシャーで過ごしました。12際の時、親友のおじにあたるマルコムが、妻のディアドルと白いアルファ・ロメオに乗っていたんです」。当時を振り返るペイン。

アルファ・ロメオ・スパイダー2000(1971〜1982年)
アルファ・ロメオ・スパイダー2000(1971〜1982年)

今も大切にする、アルファ・ロメオの購入につながった夫妻でもある。思い入れは強く、ウサギのベルジアン・ヘアーに、マルコムとディアドルという名前を付けるほど。

「お転婆娘で、小さい頃からサッカーやクルマが大好き。アルファ・ロメオにも夢中になり、丘陵地帯を一緒にドライブしてもらいました。それ以来、スパイダーをいつか買うと心に決めたんです」

時は過ぎ、1980年代半ば。彼女は母を説得し、フランス製ミドシップ・スポーツ、マトラ・シムカ・バゲーラを買わせる。ペイン自身は初のマイカーとしてミニを運転するが、夢に描いていたのはアルファ・ロメオ・スパイダー。真剣に購入候補を探し始めた。

「当時3500ポンドくらいで売られていた、トライアンフ・スタッグを一度見にも行きました。でもボディがブラウンで、やはり気に入りませんでした」

「アルファ・ロメオを探し続けて、セントジョンズウッドに住む人物から、ついにこのスパイダーを2600ポンドで買ったの」。彼女が購入したのは、1976年12月27日に南アフリカで生産された2.0L。英国へは1977年に輸入されている。登録は1978年8月だ。

毎日の足としてスパイダーに乗っていた

さほど古いクルマではなかったが、大切にはされていなかったようだ。「わたしが買ったのは登録6年目。前のオーナーから、エンジンを燃やしてしまったと聞いていました。購入後に、真新しいアルファ・ロメオGTVのユニットに載せ替えています」

「当時はロンドンに住んでいて、チェルシーの街では路上駐車が基本。バンパーをぶつけて縦列駐車するのが日常でした。フロントノーズが頻繁にへこむので、最終的にバンパーの保護用にプロテクトバーを付けたほど」

アルファ・ロメオ・スパイダー2000(1971〜1982年)
アルファ・ロメオ・スパイダー2000(1971〜1982年)

「その頃は、毎日の足としてスパイダーに乗っていました。結婚していた時期で、もと夫が仕事用のクルマにアルファ・ロメオのスポーツワゴンを入手したんです。同じメーカーだったので、スパイダーの修理の請求書を紛れ込ませたりもしたわ」

「もう少し落ち着いたクルマが欲しいと思うまで、10年ほど、毎日乗っていました」。つぶさに昔を振り返るペイン。仕事は彫刻作品の修復家をしている。

「以前、オークションで落札したオリエンタルな大理石像を運んだこともありました。使えるクルマはスパイダーだけ。土台を助手席の足元に置き、助手席を倒して石像を載せて、シートベルトで固定して走りました」

「しばらくして、BMWのステーションワゴンを購入しています」。アルファロメオ・スパイダーは路上生活を続けるが、不運にも隣人のいたずらに悩まされた。

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