【ワイルド・スピードの世界、実在した】日本車やドラッグレース、密接な関係 作風変更の背景

2020.02.11

サマリー

映画「ワイルド・スピード」。初作公開から20年も続く世界的人気作品になるとは!? と思う方も少なくない? 当時の制作背景のほか、「スパイ映画風」になっていった背景について、桃田健史がお届けします。

もくじ

「ちょっと手を貸してくれないか?」
「ワイスピ」=ほぼドキュメンタリー映画
その後、ドラッグレース・シリーズへ成長
「TOKYO DRIFT」公開時、流れは変わっていた

「ちょっと手を貸してくれないか?」

text:Kenji Momota(桃田健史)

ワイスピこと、映画「ワイルド・スピード」。待望のシリーズ9、2020年5月日本公開が決定した。

まさか、初作公開から20年も続く世界的人気作品になるとは!?

(c)2020 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved…
(c)2020 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved…

90年代末、ロサンゼルス周辺で行われた初作の撮影現場に居合わせた筆者(桃田健史)としては、ただただ驚くばかりである。

邦題「ワイルド・スピード」としているこの作品。

ご存知の方には釈迦に説法だが、原題は「Fast&Furious」という。Fastは速さ、Furiousとはバイオレンスなど同義で過激さを表す。

初作は「The Fast&The Furious」という表記で、ほとんどの撮影が行われたのは1999年だった。

場所は、米カリフォルニア州ロサンゼルスカウンティ(群)や、それより少し南部のオレンジカウンティである。

筆者はテキサス州ダラスを生活の中心としており、ロサンゼルスなど南カリフォルニアに定期的に飛行機で通っていた。

南カリフォルニアには自動車メーカーや自動車部品メーカーの拠点があり、各社との会合が多かった。

そうした付き合いの中で、ロサンゼルス近郊にあるアフターマーケット系の企業やショップから「ハリウッドで日系改造車が主体の映画を撮るという話がある。手を貸してくれないか」という話になった。

それが、ワイスピ初作だ。

では、なぜワイルド・スピードが企画されたのか?

そこには、いまでは到底考えられないLA界隈での社会状況があった。

 
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