ホンダSシリーズの生き証人(中編) レース仕様開発に尽力した元エンジニアが語る、誕生の舞台裏と空気感

公開 : 2026.02.14 11:45

モータースポーツに携わる

続いて話は、『リエージュ・ソフィア・リエージュ・ラリー』に移っていく。

これは6000kmに及ぶラリーで、1963年に古賀信生氏と鈴木義一氏がS500でエントリー。木村さんは鈴鹿サーキットでのテストやその結果を受けて、クルマの組み立てなどにも携わった。

1963年スパ・ソフィア・リェージュ・ラリー。左から鈴木義一、本田宗一郎、古賀信生で、スタート前に本田宗一郎が激励に訪れた時の様子。
1963年スパ・ソフィア・リェージュ・ラリー。左から鈴木義一、本田宗一郎、古賀信生で、スタート前に本田宗一郎が激励に訪れた時の様子。    本田技研工業

そして1964年、ドイツADAC 500kmレース(ニュルブルクリンク)でS600がクラス優勝。これにも木村さんは関わった。

「ドニントンか、ブランズハッチかどこかで、テスト中にハーフシャフトが折れた記憶があります。レースが終わった後に優勝車を自動車ショーに出すということで、最初は走ったまま出すことになっていたのですが、本社からきれいにしろと言われて、きれいにしたような気がしますけど……」

このレースのために2台がイギリスに送られたが、実際にどちらのクルマを日本に持って帰ったのかは定かではないそうだ。

その後、木村さんはいくつかのレースを経験した後、RSCへの移籍へと繋がっていく。

ホンダSシリーズの生き証人(後編)に続きます。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    内田俊一

    Shunichi Uchida

    日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を生かしてデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。長距離試乗も得意であらゆるシーンでの試乗記執筆を心掛けている。クラシックカーの分野も得意で、日本クラシックカークラブ(CCCJ)会員でもある。現在、車検切れのルノー25バカラとルノー10を所有。
  • 撮影

    内田千鶴子

    Chizuko Uchida

    イタリアとクルマが大好きで、1968年式のFiat 850 spider Serie2を20年以上所有。本国のクラブツーリングにも何度か参加している。イタリア旅行時は、レンタカーを借りて一人で走り回る。たまたま夫が自動車ジャーナリストだったことをきっかけに取材を手伝うことになり、写真を撮ったり、運転をしたりすることになった。地図は常にノースアップで読み、長距離試乗の時はナビを設定していても、ナビシートで常に自分で地図を見ていないと落ち着かない。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

ホンダSシリーズの生き証人の前後関係

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