離島で生き延びるクラシック フォード・カプリ MGBロードスター フィアット500ほか 前編

公開 : 2023.04.23 07:05

MGB ロードスター(1965年)/MGA 1600 クーペ(1960年)

オーナー:トニー・マーティンズ氏

1989年に銀行員を退職したトニーは、マデイラ島のクラシック・オートモービル・クラブの会長を努める重鎮。完璧なレストアのため、レッドのMGBは英国マンチェスターまで運ばれた過去がある。

MGB ロードスター(1965年)とトニー・マーティンズ氏
MGB ロードスター(1965年)とトニー・マーティンズ氏

1年後に作業終了の連絡を受けると、彼は渡英。グレートブリテン島の南、サウサンプトンの港まで自ら運転し貨物船へ積み込み、マデイラ島へ復帰させた。

この小さな島には、36台のMGBが走っているらしい。「古いクルマなので、新しい電子技術は採用されていません。すべて機械仕掛け。メンテナンスは難しくなく、英国製なので部品の入手も簡単」。と、島で開かれるラリーイベントにも参加する彼が話す。

「製造が1967年以前なので、1速にシンクロメッシュがなく、運転には少し技術が必要です。それでも、快適で素晴らしいクルマだと思います」

もう1台、自慢の英国車がブルーのMGA 1600 クーペ。1960年式で、北米フロリダから英国を経てマデイラ島にやって来たのだとか。

オースチン・テン・サルーンGSI(1946年) /シンガー・ヴォーグ(1966年)

オーナー:パウロ・ペルネータ氏、ジョオ・ペルネータ氏

ブラックの艶が深い、オースチン・テン・サルーンを一家の誇りとして大切にしている、ペルネータ親子。「1976年に開催された、マデイラ島初のクラシックカー・コンクールで入賞を掴んでいます」。と息子のジョオが笑顔で話し出す。

オースチン・テン・サルーンGSI(1946年)とパウロ・ペルネータ氏、ジョオ・ペルネータ氏
オースチン・テン・サルーンGSI(1946年)とパウロ・ペルネータ氏、ジョオ・ペルネータ氏

「タン・レザーのシートの香りが、とてもいいんですよ。個性的で、いかにも英国車っていう感じです。定期的に島を訪れていたウィンストン・チャーチル元首相も、自身のオースチンを一緒にフェリーで運んで乗っていたんです」

彼らのクルマは、もともとタクシーとして走っていたのを、祖父が買い取ったのだとか。「おじいさんはクルマが大好きでしたが、晩年はガレージに停めっぱなしになっていました。その後に父が結婚して、クルマも復活を果たしました」

ペルネータ家が所有するクラシックには、20年前に購入したという、シンガー・ヴォーグもある。ダークブルーのボディの艶が見事だ。

フィアット1500(1966年)

オーナー:ジルベルト・ゴサルベス氏

電気技術者として働くジルベルトは、幼い頃からのフィアット・ファンだ。「子供の頃、隣の家がフィアットを数台所有していて、スタイリングやエンジンのサウンドが大好きだったんです。自分で最初に買ったのは、ウーノ。1989年でした」

フィアット1500(1966年)と、ジルベルト・ゴサルベス氏
フィアット1500(1966年)と、ジルベルト・ゴサルベス氏

島のフィアット・オーナーズクラブに加わった彼は、ここで唯一現存する1500のオーナーになった。「これ以前には、600 Dも考えていました。1500はスペアパーツの入手が難しく、レストア作業は難航しました。仕上げるのに3年も掛かっています」

「1500は、いつも期待に応えてくれる感じです。妻も気に入っています。機敏で力強く、運転しやすいんです」。と笑顔でジルベルトが説明する。

一見すると状態は良さそうに見えるが、2度目のレストアも考えているらしい。「ボディには少しサビがあります。1回目は早く運転したくて、少し作業を急いだ部分がありました。今回は丁寧に仕事を終えたいと思っています」

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    リチャード・ウェバー

    Richard Webber

    英国編集部ライター
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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