まだまだ頑張る現役総編集長の奮闘録

2025.03.19

【笹本総編集長コラム】大河ドラマを見て思い出した、雑誌ティーポの創刊事情

コンビニとの駆け引きで一発逆転

編集方針を大きく転換した6号からのティーポ誌の表紙。定番企画『100のQ&A』もここから始まった

こうして、ティーポ誌にとって危機的状況は脱したが、まだまだ発行部数は少なく、満足のいくものではなかった。これを打破するには、書店と並んで雑誌の販売を伸ばしていたコンビニでも売ってもらう事であった。

当時のコンビニへの仕入れは、セブン-イレブンがトーハン、ローソンとファミリーマートが日販に委託されていて、何度もお願いに行ったが、新参者の悲しさ、両社とも窓口では全く相手にして貰えず、悔しい思いを繰り返していた。

しかし、創刊から2年後の1991年に起死回生の出来事が起こるのである。その頃、ネコ・パブリッシングは、全く別の企画で、所ジョージさんがメインキャラクターである『デイトナ』誌の発行を計画していた。この雑誌は所さんのテレビ番組と連動していたので、絶対に売れるだろうと見込み、取次のコンビニ担当にお願いに行ったが、やはり拒絶されてしまった。

大手出版社ならもろ手を挙げて扱ってもらえたのに、と悔しかったが仕方ない。本屋さんだけに配本し、1991年6月6日の創刊号発売日を迎えたが、その日は朝から会社の電話は鳴りっぱなしで大混乱。何と、3日間で関東の本屋さんの店頭から全て売れてしまったのだ。当然、全国的にもほぼ完売状態で、こんな売れ方をしたのは処女出版の『スカイラインGT-R』本以来だと本当に嬉しかったのである。

それから、2週間あまり経った頃、突然、取次を通してではなく、セブン-イレブンとローソンの仕入れ担当者が直接、相次いで私の会社に訪れて来たのだ。話の内容は「ぜひ、デイトナ誌を取り扱せてほしい、しかも一刻も早く」というお願いであった。あの難攻不落のコンビニが、先方から仕入れのお願いに来るとは! と本当に驚き、また、「取次のコンビニ担当者よ、ざまあみろ!」と叫びたいほどであった。

しかし、ここで、ただ単に「ぜひお願いします」と言ってしまえば、それで取引完了だが、一計を講じたのである。曰く「当社には、ティーポというコンビニ向けの雑誌もございます。ぜひ、抱き合わせで2誌とも取り扱っていただけるなら、すぐに搬入いたしましょう」と返事したのだ。そして、当然のことながら、めでたく2誌とも、コンビニ全社の取り扱いとなり、ティーポ誌の隆盛が始まったのである。

その年、ネコ・パブリッシングの年商は18億円だったが、何と、翌年には31億円に飛躍していたのである。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影 / 編集

    笹本健次

    Kenji Sasamoto

    1949年生まれ。趣味の出版社ネコ・パブリッシングのファウンダー。2011年9月よりAUTOCAR JAPANの編集長、2024年8月より総編集長を務める。出版業界での長期にわたる豊富な経験を持ち、得意とする分野も自動車のみならず鉄道、モーターサイクルなど多岐にわたる。フェラーリ、ポルシェのファナティックとしても有名。

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