まだまだ頑張る現役総編集長の奮闘録

2026.03.31

今回の総編集長コラムでは、笹本健次少年にとって趣味の世界での兄貴分だった、従兄の笹本眞太郎氏が撮影した、カナダはバンクーバーの街角を走るクルマたちの50年前の姿をモノクロ写真でご紹介します。アメリカンなモディファイの欧州車やZカー、ボルボにルノーなど、バラエティに富んだ車種が走っていたようですね。

【笹本総編集長コラム】50年前のカナダ、バンクーバーの街角で見た懐かしのクルマ達(前編) トライアンフからZカーまで、モノクロ写真で蘇る名車たち!

もくじ

従兄が遺した、50年前のバンクーバーの風景
トライアンフ・スピットファイア
トライアンフTR3
トライアンフTR6
オースチン・ヒーレー100-4
オースチン・ヒーレー100-4
オースチン・ヒーレー100-6
ボルボ・アマゾン
ボルボ245DLワゴン
ナッシュ・メトロポリタン
BMW3.0CS
ルノー8
ロールス・ロイス・シルバー・ドーン
フィアット128スポーツ・クーペ
ダットサン240Z
ダットサン240Z 2by2
ダットサン260Z

従兄が遺した、50年前のバンクーバーの風景

このところ、折に触れて、若かりし頃にスナップで撮影していたクルマの写真を掲載して、好評をいただいているが、今回は、私の従兄の笹本眞太郎氏が撮影した、50年前のカナダ、バンクーバーの街角のクルマ達を紹介したいと思う。

幼い頃から、鉄道が大好きという共通の趣味を持っていた私と彼の2人は、よく連れだって、撮影旅行で全国各地を回ったりしていたが、免許を取得してからは、クルマにものめりこみ、夜な夜な、環八などにある中古車屋さん巡りをして、「あれが欲しい、これが欲しい」などと際限なく盛り上がっていた。

今となっては、懐かしく思い出す昔話の一コマであるが、その彼が、残念ながら一昨年に亡くなってしまったのである。あえて、口に出さなくても気持ちがわかりあえるような、共通の思いを持つ人を失った悲しみは大きかったが、ふと、彼が残した膨大な鉄道写真のことが気になった。

遺族に聞くと、本人はどこかに発表するような気持ちは全くなかった、ということだが、それでは、あまりに惜しいので、私がネガを預かり、整理して、専門誌の出版社に預けよう、ということになった。

そんな訳で、この1年ほどはコツコツと写真整理を行っているのだが、先日、カナダのバンクーバーの街角のスナップ写真が突然出てきた。たまたま、モノクロ写真であったが、当時の様子をよく描きだしているので、ぜひ、読者の皆さんとも共有したいと思う。

ネガの本数は2本。1977年ごろのバンクーバーの市内で、恐らく数時間の間に撮影したものだと思われる。僅かの時間で、こんなバラエティに富んだクルマが見られたのは、驚きでしかない。

トライアンフ・スピットファイア

トライアンフ・スピットファイア 写真:笹本眞太郎

まずはお決まりのブリテッシュ・スポ―ツから。元気よく走ってきたトライアンフ・スピットファイア。大きなバンパーガードが付いた最後期の1500だと思われます。使い込んだ感じがいいですね。

トライアンフTR3

トライアンフTR3 写真:笹本眞太郎

こちらは兄貴分のトライアンフTR3。やや寒い季節なのか、しっかりと幌を上げてサイドスクリーンもきちんと取り付け、雨対策も万全です。

記事に関わった人々

  • 執筆

    笹本健次

    Kenji Sasamoto

    1949年生まれ。趣味の出版社ネコ・パブリッシングのファウンダー。2011年9月よりAUTOCAR JAPANの編集長、2024年8月より総編集長を務める。出版業界での長期にわたる豊富な経験を持ち、得意とする分野も自動車のみならず鉄道、モーターサイクルなど多岐にわたる。フェラーリ、ポルシェのファナティックとしても有名。
  • 編集

    戎大介

    Daisuke Ebisu

    1972年生まれ。学生時代はゲージュツを志すもネコ・パブリッシングの関連企業に就職し、個人売買情報誌クアントや通信販売SCENA、自社広告などの制作に携わる。その中で取材/撮影から執筆/デザイン/編集までを1人で完パケする仕事スタイルを確立し今に至る。現在は甲府は湯村温泉で半ば隠者となりながら、当サイトのスペシャルショップと常磐ホテルSNS更新で命脈をつなぐ。写真機材はクルマメディアの現場では他に出逢わないPENTAX。

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