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2019.05.06

想像以上の晩成型スーパースター 20選 前編 VWビートル 日産GT-Rほか

編集部より

誕生した当初はさほど高い評価が得られなかったクルマでも、徐々に成長し、後に大成功を収めることになったクルマも少なくなりません。経済性重視の大衆車が後に熱狂的なファンを生み出し、堅調な価格を維持しているクルマもあるほど。その代表例20台を見てみましょう。

クルマの中には、熱い羨望の中で誕生するモデルもある。例えばフェラーリのエンブレムが付いたクルマは、遅かれ早かれ、クラシックカーとしての価値が認められるようになる。ブガッティは、製造したどんなクルマでも、数百万ポンド(数億円)という対価に相当することを知っている。ポルシェは、1990年代に倒産の可能性すら危ぶまれたが、今ではどうすれば充分な利益があげられるのか、手法を発見したようだ。

だが大概のクルマは、その価値が認められるのは時がだいぶ過ぎてから。自動車メーカーは1円でも多く収益を上げるために一生懸命であっても、結果として誰も想像することができなかったほどに、高い価値が生まれる場合もある。経済性重視のホットハッチですら、1980年代のベスト・ドライバーズカーとして現在では高い人気が生まれているモデルもある。

今回は、誕生時には後の名声を獲得することが想像もできなかった、晩成型のクルマを紹介してみたい。

フォード・モデルT(1908年)

自動車の専門ではない歴史研究家の場合、フォードがモデルTの製造のために現代的な量産ラインを開発したことで、米国を自動車大国へと押し上げたと評価していると思う。しかし実際は、フォード社の従業員は当初モデルTを主に自らの手で組み立てていた。モデルTを量産化させるには、会社も従業員もかなりの苦労が必要だったのだ。時が立つと忘れられてしまう事実も少なくないようだ。加えてモデルTの価格も最初のうちはそれほど安いわけではなく、当時の新車下価格は825ドルからで、現在の紙幣価値では2万2601ドル(253万円)相当になる。

フォード社がモデルTを発表した1909年度の生産台数はに1万666台程度ながら、20年間に及ぶ生産期間で製造された台数は延べ1500万台にも達する。初年度の生産台数は決して多いものではなかった事がわかる。生産台数が急激に増えたのは1913年で、フォードが量産のための製造ラインを確立してからで、おかげでモデルTの価格もずっと手頃に抑えることができた。1922年度にはモデルTの年間生産台数は130万台にも達し、エントリーグレードの価格は319ドルとなっていた。現在の貨幣価値では、4800ドル(53万円)にまで下げられたのだった。

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