[アバルト70年の歩み]特別コンテンツ

AUTOCARアワード2019 モータースポーツヒーロー部門 ジョージ・ラッセル

2019.06.01

100字サマリー

モータースポーツヒーロー部門で栄冠に輝いたのは、今年自らの才能で名門ウィリアムズチームからF1デビューを果たしたジョージ・ラッセルです。昨年のF2チャンピオンは、苦境に喘ぐかつての名門から、数少ないステップアップのチャンスを、虎視眈々と狙っているようです。

もくじ

シンデレラストーリー
ゼロからのスタート
才能が武器
チャンスは逃さず
番外編1:F1コメンテーター、ベン・エドワーズ ジョージ・ラッセルを語る
番外編2:F1界のライジングスターたち

シンデレラストーリー

フォーミュラ1ドライバーになれたことが信じられなかったと、ジョージ・ラッセルは率直に話す。

「10歳のとき、F1ドライバーになりたいと思いましたが、子供には、それが実際どんなことなのか分かっていなかったのです」と彼は言う。「簡単だと思っていたんです。それがどれほど難しいことかを理解したのは、ようやく17歳になってからでした。どうやったらF1ドライバーになれるのか分かりませんでした。決して諦めたりはしませんでしたが、現実も認識していました」

21歳となったラッセルの現実は大きく変化しているが、その驚くべきF1デビューまでの道のりこそが、彼が2019年のモータースポーツヒーローアワードを受賞した理由となっている。彼には、その道のりを容易にする金銭的なバックアップなどなかったのだ。


キングズ・リン出身のラッセルこそ、モーターレーシングの世界では、依然として才能こそがもっとも重要であるということを示す、素晴らしいケースだと言える。もちろん、運もあるが、それはすべてのレーシングドライバーに必要なものだ。だが、ラッセルはチャンスを確実に繋げ、正しいひとびとに正しい印象を残すことに成功したからこそ、F1ドライバーになることができたのだ。

この点で、彼はこの賞に値するのであり、より重要なことは、彼には十分な可能性があるということだ。だが、ウィリアムズFW42は、彼に相応しいマシンだとは言えない。ラッセルの不運は、このかつてF1を席捲した名門が不遇にある時に、チームに加わったということだろう。

16回のワールドタイトルも、いまのこの厳しい状況では何の意味も持たず、それは、ラッセルがジュニア時代に記録してきた、数々の輝かしい実績も同様だ。

カートでは何度もチャンピオンを獲得し、英国フォーミュラ4、GP3、そして昨年のフォーミュラ2のいずれも、彼にとっては問題ではなかった。だからこそ、彼はF1ドライバーになることができたのだが、それも、ここで実力を発揮することが出来なければ、何にもならない。

 
最新海外ニュース