ポルシェやメルセデス・ベンツも部品取りに 米国の廃車置き場で見つけた欧州車 62選(4)【ジャンクヤード探訪記】

公開 : 2026.05.24 11:50

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、全米各地でこれまでに見つけた欧州車をピックアップして紹介します。大西洋を渡ったクルマは今、どう過ごしているのか。

メルセデス・ベンツSL R107

1971年から1989年の間に、メルセデス・ベンツのR107(ロードスター)とC107(クーペ)のSLは計30万175台が生産された。そのうち3分の2以上が米国へ輸出されている。人気ゆえに現存率は高く、ジャンクヤードで見つけることは稀だ。オール・アメリカン・クラシックス(ワシントン州バンクーバー)というジャンクヤードにあるとなれば、なおさら珍しいと言える。

メルセデス・ベンツSL R107
メルセデス・ベンツSL R107

ジャガーXJ6

1枚の写真でクルマの前後を同時に撮影できることは滅多にない……。だが、こうして撮れてよかった。普段なら、ジャガーXJ6のシリーズ1とシリーズ2を後ろ姿だけで見分けるのは難しいからだ。こちらはシリーズ1の4.2Lモデルで、2万5505台生産された左ハンドル仕様のうちの1台であり、その大半は米国へ輸出された。

この1台は、アリゾナ州マリコパのヒドゥン・バレー・オートパーツで見つけた。

ジャガーXJ6
ジャガーXJ6

ルノー・ドーフィン

ルノー・ドーフィンは絶大な人気を博し、1956年から1967年の間に世界中で200万台以上を販売した。845ccのリアエンジンを搭載した経済的なフランス車だが、米国では栄光と没落を経験した。当初は熱烈に迎えられ、1957年には2万8000台、1958年には5万7000台、1959年には10万2000台を売り上げた。

これにより、フォルクスワーゲンに次ぐ第2位の輸入車ブランドとなっただけでなく、一部の州では首位を獲得した。しかし、市街地走行には問題なかったものの、わずか27psでは、当時デトロイト製のV8エンジン搭載車がひしめく州間高速道路での走行には明らかに力不足だった。また、錆びもひどく、販売台数はやがて減少していった。

ルノー・ドーフィン
ルノー・ドーフィン

ちなみに、ルノーはかつて英国のエリザベス女王にドーフィンを1台贈呈しており、女王の息子(現在のチャールズ3世)はこのクルマで運転を覚えたそうだ。

この車両はニューメキシコ州ラスベガスのウリバリ・オート・トウイング・サービスで見つけた。

フォルクスワーゲン・ビートル

米国内のどのジャンクヤードにも、少なくとも1台はフォルクスワーゲン・ビートルが眠っているに違いない。何しろ、総生産台数2150万台のうち、500万台近くが大西洋を渡って米国に運び込まれたのだ。長年にわたりベストセラー輸入車の名をほしいままにしており、その人気は今も高く、現存台数も多い。しかし、コンバーチブルに出くわすのは間違いなくレアアースだ。こちらは比較的後期のフューエルインジェクション車と思われる。この車両もウリバリ・オート・トウイング・サービスで見かけたものだ。

フォルクスワーゲン・ビートル
フォルクスワーゲン・ビートル

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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