小柄なフィアットからタフなランドローバーまで 米国の廃車置き場で見つけた欧州車 62選(2)【ジャンクヤード探訪記】
公開 : 2026.05.24 11:25
米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、全米各地でこれまでに見つけた欧州車をピックアップして紹介します。大西洋を渡ったクルマは今、どう過ごしているのか。
もくじ
ーフィアット600
ーMG MGB
ーメルクールXR4Ti
ージャガーXJシリーズ2
ーボルボ・アマゾン
ーナッシュ・メトロポリタン
ーテムズ・フレイター800
ーMG MGB
ーオースチン・カンブリアン
ーランドローバー・ディスカバリー
ーオペル・マンタ
ーユーゴ(1988年)
ートライアンフTR7(1975年)
ーフィアットX1/9(1975年)
ーヒルマン・ミンクス
ーフォード・カプリ(1971年)
ーフォード・カプリII(1977年)
フィアット600
1958年、フィアットはリアエンジン搭載の600を米国へ輸出し始めた。1年前に米国市場に導入した500よりわずかに大きく、633ccの水冷エンジンを搭載し、最高速度は100km/hに達した。その優れた燃費性能が評価され、予想外に好調な売れ行きを見せた。
しかし、他の地域ではさらによく売れた。世界6か国で生産が行われ、1985年に旧ユーゴスラビアで最後の1台が生産ラインを降りるまでに、492万1626台という驚異的な販売台数を記録した。アーネスト・オート・レッキングで見つけた車両だ。

MG MGB
マツダ・ミアータ(日本名:マツダ・ロードスター)が登場するまで、MGBは史上最も売れたスポーツカーだった。1962年から1980年の間に約50万台が生産され、その半数以上が米国へ輸出された。現存率は驚くほど高く、今も多くの車両がジャンクヤードなどで眠っているため、部品に事欠くことはない。
この個体の3本ワイパーに注目してほしい。これは1960年代後半以降、米国市場における規制要件だった。一方、生産地の英国では、引き続き2本ワイパーのままだった。アーネスト・オート・レッキングからの紹介。

メルクールXR4Ti
1985年〜1989年にかけて、ドイツ製フォード車は『メルクール』というブランドとして米国で販売されていた。ラインナップされたのは、XR4Ti(フォード・シエラ XR4iを若干改良したもの)とスコーピオ(フォード・グラナダ)の2車種のみ。
30年前のエドセルと同様、メルクールも失敗に終わり、XR4Tiはわずか2万6000台、スコーピオは2万2000台しか売れなかった。この個体は、サウスダコタ州ミッチェルのダコタ・サルベージ(Dakota Salvage)で見つけたものだ。

ジャガーXJシリーズ2
リアのナンバープレートライトから判断すると、このジャガーXJ6はシリーズ2のようだ。1972年から1977年にかけて生産されたシリーズ2は、フロントエンドのデザインに違いがあり、バンパーが高く、グリルが小さくなっている。これは米国の衝突安全基準に適合させるためのもので、米国が最大の輸出市場であったことを考えれば、不可欠な変更だった。
シリーズ2の総販売台数は9万1227台。この写真で際立っているのは、このモデルのユニークな特徴の1つであるツイン燃料タンクだ。これもダコタ・サルベージの車両である。

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