変速と操舵に心が躍る! ブリストル406 S(2) 運命が決まっていたプロトタイプ・クーペ

公開 : 2024.10.06 17:46

自動車の量産を目指した航空機メーカーのブリストル 裕福なカーマニアから一定の支持 特徴が色濃いスタイリングにBMW由来の技術 最後で究極の6気筒モデルを、英編集部がご紹介

自社工場でボディが試作された406 S

ブリストル406の英国価格は4244ポンドで、同時期のベントレー コンチネンタルの約半額。秀でた製造品質と、時速100マイル(約161km/h)以上の最高速度がうたわれた。

全長は4286mmで、全幅は1727mm。2.2Lエンジンのサルーンとしては大柄といえたが、トルクが太く、動力性能に不足はなかった。

ブリストル406 S(プロトタイプ/1958年/英国仕様)
ブリストル406 S(プロトタイプ/1958年/英国仕様)

1961年までの約3年間に171台が製造され、イタリアン・カロッツェリアのザガート社製ボディを載せた仕様も6台提供されている。今回ご紹介する1台は、自社工場でボディが試作された406 S。ブランドの究極の1台といえる、スポーティな2シーターだ。

このスタイリングを手掛けたのも、通常の406と同じく社内デザイナーのダドリー・ホッブス氏。1953年に発表された、ブリストル404の造形をベースに、考案されたといわれる。こちらの方が全長は長く、プロポーションは整っていると思う。

自社工場にはボディの製造施設がなく、当時のブリストルは、1モデルのみの提供に制限せざるをえなかった。406 Sの未来は、プロトタイプの完成前から決まっていたようなものだった。

ふくよかな面構成を切り裂くように、テールフィンが突き出ているが、これは空力特性を意識したものだった。フロントグリルの処理は、通常の406と共通。本来はバンパーが備わったが、現在までに失われたようだ。

ブリストル・カーズを買収する人物が購入

フロントフェンダー後方は開閉でき、バッテリーとスペアタイヤが収まっている。ルーフサイドには、ウインカーが載る。ホイールベースは2743mmと長く、ワットリンケージをアクスルに追加することで、初期の406の課題だった安定性にも対応済みだ。

エンジンは、ザガート・ボディの406にも採用された、2.2Lエンジンのスポーツ仕様。BBシリーズと呼ばれるユニットで、スポーツカムが組まれ、131psの最高出力を生む。キャブレターとディストリビューター、圧縮比なども改良を受けている。

ブリストル406 S(プロトタイプ/1958年/英国仕様)
ブリストル406 S(プロトタイプ/1958年/英国仕様)

シャシー番号はSP1。406 CHUのナンバーで登録されると、1958年6月に、後にブリストル・カーズを買収するアンソニー・クルック氏が購入。1961年まで、普段使いのクルマとして活躍した。

ボディはケンブリッジ・グレーに塗られ、インテリアはトカゲのグリーン・レザー。約11万kmを走ったところで、退役軍人へ転売された。彼は更に、1960年代半ばまでに8万km走行距離を伸ばしている。

その後、オリジナルの2.2Lエンジンはリビルドを受け、プロトタイプの405 サルーンへ。406 Sは、1990年代に入りブリストル・カーズによって買い戻されるが、部品が3か所に点在するというバラバラの状態だった。

歴史的に貴重な1台としてレストアされると、コレクターのサイモン・ドレイパー氏が1994年に購入。2000年半ばに手放されている。現在はブリストルを得意とするカーディーラー、SLJハケット社が管理している。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジョン・ブラッドショー

    John Bradshaw

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

ブリストル406 Sの前後関係

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