セナ、シューマッハ、佐藤琢磨を輩出した登竜門 マカオGP取材記(前編)ウラカンGT3最後の雄姿【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #3】

公開 : 2026.01.20 11:45

アウディR8GT3とよく似ている

当時のことについて、ランボルギーニのチーフテクニカルオフィサーであるルーベン・モールに話を聞いた。

「ランボルギーニの歴史を考えれば、ガヤルドGT3の開発をライター・エンジニアリングに任せたのは適切な判断だったと思います。当時はまだ、私たちにはレーシングカーの開発で必要となる十分な知見はなかったので、外部のパートナーに協力を仰ぐのは自然な流れでした」

ランボルギーニのチーフテクニカルオフィサー、ルーベン・モール(右)。
ランボルギーニのチーフテクニカルオフィサー、ルーベン・モール(右)。    ランボルギーニ

モールによれば、ウラカンGT3もまた、完全にランボルギーニだけで開発したレーシングカーではなかったという。

「私たちがウラカンGT3を自分たちで開発したのは事実ですが、それも部分的な関与に留まっています。というのも、ウラカンと技術的な共通点が多いR8のGT3モデルをアウディが開発していたため、このプロジェクトはアウディを中心に推進されたからです」

そういえば、マカオでウラカンGT3を操ったレーシングドライバーのエドアルド・モルタラにその印象を訊ねたところ、「R8GT3とよく似ている」との答えが返ってきた。

その時は「ベースモデルが兄弟車だから、それもやむを得ないことか」と受けとめたが、レーシングカーの開発も基本的に同じチームによって進められていたのだから、モルタラのコメントも当然というべきだろう。

なお、私が取材した2025年FIA GTワールドカップでランボルギーニ勢は、随所で速さを示しながらも不運につきまとわれ、8番グリッドから決勝レースに臨んだルカ・エンゲルスターはオープニングラップの多重アクシデントに巻き込まれてリタイア。

10番グリッドからスタートしたモルタラは順調にポジションを上げていたものの、12周目にメカニカルトラブルが発生してリタイアに追い込まれた。

こうした結果は残念なものだったが、彼らにはまだ希望の光がある。それが前述のテメラリオGT3である。

(中編に続きます。1月21日水曜日昼頃公開予定です)

記事に関わった人々

  • 執筆

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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