アルファ・ロメオ GTV6 BSCCレーサー(1) 眠っていたのは鶏小屋 徹底レストアでオリジナルを保つ
公開 : 2026.07.26 17:45
2026年のグッドウッド参加を目指す、1980年代のアルファ・ロメオ GTV6 BSCCレーサー。悲惨な状態からレストアを経て、イベント優勝を狙えるマシンに。UK編集部がピットレーンへ潜入します。
もくじ
ー1982年のサルーンカー選手権レーサーが現マシン
ープライベーターからチームドライバーへ
ーチームメイトの怪我を機にレースから引退
ーGTV6が眠っていた鶏小屋のような場所
ーパネルを継ぎ足しても基本的にはオリジナル
1982年のサルーンカー選手権レーサーが現マシン
ピットレーンへ滑り込んだアルファ・ロメオ GTV6が、チームのガレージへ戻る。リチャード・メルビン氏が、手際よくタイヤの温度と空気圧をチェックしていく。「こっちのアウトショルダーが、まだ冷えているかな」
筆者がいるのは、グレートブリテン島南部のスラクストン・サーキット。1982年から3年間、英国サルーンカー選手権(BSCC)へ挑んだGTV6 2.5のレーサーが、クリス・スノウダン・レーシング(CSR)の現役マシンだ。

2025年の第82回グッドウッド・メンバーズ・ミーティングでは、ポテンシャルの高さを披露したものの、エンジン不調からのガス欠でリタイアに喫した。2026年のイベント、「ウィン・パーシー・トロフィー」へ向けて、体制は整いつつある。
マシンはグループ1仕様で、サスペンションの可動部分はすべてピロポール。ゴムブッシュはない。フロントのトーションバーやアンチロールバーも、強化済み。ダンパーは、クァンタム・レーシングと共同開発された専用品だ。
プライベーターからチームドライバーへ
1970年以前のクルマを対象したグッドウッドのサーキット・イベントでは、グループ1には旧式なクロスプライ・タイヤの装着が義務付けられている。そのため今回のテストは、操縦特性の仕上がりを確認することが目的にある。
当日のドライバーは、チーム代表でもあるクリス・スノウダン氏で、コ・ドライバーはティフ・ニーデル氏。昨年以上の快走でフィニッシュできるよう、調整に余念がない。

このマシンは、ナポリーナ・アルファ・ロメオ・ディーラー・チーム(ARDT)に属した、故ジョン・ドゥーリー氏がBSCCを戦ったもの。アルファ・ロメオUKの財務責任者でもあった彼は、1970年代にプライベート・ドライバーとしてレースへ挑み始めた。
1975年、チームマネージャーを務めることになるマイケル・リンゼイ氏と、アイスクリーム事業で成功したレオ・ベルトレッリ氏の共同で、ARDTが結成。ドゥーリーは1976年からチームドライバーに任命され、アルファスッドでBSCCを戦った。
チームメイトの怪我を機にレースから引退
1981年には、アルファスッド tiをドライブし、1300ccクラスで優勝。1982年シーズンに、このGTV6 2.5へ乗り換えるが、成績は安定しなかった。
しかし、1984年は状況が好転。クラス優勝を勝ち取り、ドライバーズ・ランキングでも3位入賞を果たしている。1986年には、GTV6 2.5と同じエンジンを積んだアルファ・ロメオ 75へマシン変更。1987年シーズンは、ターボエンジンでライバルと競った。

ところが、チームメイトのロブ・カービー氏がクラッシュで深刻な怪我を負ったことを機に、ドゥーリーもレースから引退。数10年を経て、2010年にドゥーリー本人からメルビンはマシンを譲り受けている。
彼は当時、ARDT仕様のスペアパーツを探していた。捜索網を広げる中で、ドゥーリーという人物が大量の部品を所有している、という情報を得ていた。









































































































