メルセデス300SLR 圧倒的なパワー、栄光に彩られたストーリーを紐解く

公開 : 2017.04.29 00:00  更新 : 2017.05.13 12:48

デビュー戦、ミッレ・ミリアで勝利

デビューを飾るレースとして選ばれたミッレ・ミリアでは、チーム・メンバーたちの溢れる自信を裏付ける華々しい戦果を挙げた。メルセデス・チームは1600kmもの距離を走る過酷な耐久レースのミッレ・ミリアに優勝した唯一の非イタリア・チームとして大いに脚光を浴びた。大胆不敵な髭面のナビゲーター、デニス・ジェンキンソン、愛称「ジェンクス」にアシストされたモスは、以後破られることのないペースで堂々と優勝した。それから3週間後に、ADACアイフェル・レースで活躍するSLRの勇姿を大観衆は目にする。ファンジオは、モスよりもニュルブルクリンクを走った経験が豊富だったため、ミッレ・ミリアで使用したクルマ(3号車)に乗り、プロトタイプ(W196S-1)に乗るモスのタイムよりも6秒速い10分強のタイムでポールポジションを取った。カール・クリングは、さらに18.2秒遅れ、その後をフェラーリ・モンツァの一団とジャガーD-タイプで奮闘するエキュリー・エコッセ・チームが猛追した。天候が心配される中、モスが北コースのラップ・タイムを縮め、ファンジオをリードする133.6km/h(10分10.8秒)のラップ・タイムを記録した。最終的に300SLRが10周レースを制したが、あるいはチーム命令だったのか、最後の周回で、アルゼンチン出身のファンジオが首位に返り咲き、モスよりもわずかコンマ1秒早くゴール・インした。その後、ドイツのファンは、SLRがドイツ国内でレースする姿を二度と目にすることはなかったものの、モスは、アストン マーティンマセラティに乗って3勝し、ニュルブルクリンクの大スターになった。

SLRのフェアリングは単座にも複座にも対応した。


1955年当時であれば、人々は、オープニング・ラップで他のチームを従えるかのように疾走する3台のSLRの、戦闘機が強襲する時のような爆音をサーキット中で耳にし、胸を躍らせただろう。今回のテストでは、最初にエンジンをかけるだけでもドキドキしてしまった。サイドから突き出たツイン・エグゾースト・パイプの奏でるサウンドが、間違いなくクビッデルバッハ(丘状になっている直線区間。頂上でジャンプ)まで響き渡り、その音質に魅了され、さらに多くのギャラリーが集まってきた。暖機運転の間はボンネットを開けていたため、大音響のきしるような音に加え、SLRのエキゾチックな心臓部から聞こえるローラー・ベアリング、ギア・トレイン、そしてデスモドロミック式バルブ開閉制御ユニットのバッキング・スコアのすべてが絶妙に融け合い、まさしくワーグナーの合唱を奏でた。

コクピットに滑り込む

ドアは、幅の広いシルの上をヒンジで上下に開閉し、クルマに乗り込む際は、まずタータン・チェックのシートを足で踏みしめ、その後で一風変わったレイアウトのフットウェルに足を滑り込ませる。オフセットされた幅の広いトランスミッションを大きく跨ぐ姿勢となり、左足で重いクラッチを操作し、右足で隣り合うように並ぶアクセルとブレーキを操作する。W196とは違い、アクセルは右端にある。モスは、センター寄りにあるW196のアクセル位置にどうしても馴染めなかったため、300SLRのアクセル位置にホッとしたという。左ハンドルは、50年代のレーシング・マシンには珍しく、4本ステーのエレガントな着脱式ステアリング・ホイールを所定の位置に固定すると、木製のリムの仰角はかなり大きく、思い切って腕を伸ばす必要があった。考え抜かれたコクピットだけあって、シートは、背面がリアの車軸に近い位置にあり、十分なフット・スペースが確保され、高めのシルによって上半身の保護も十分である。ドリンク・ホルダーさえ付いている。

運転席から見た300SLRは、ライバルであったフェラーリ・モンツァ、マセラティ300Sまたはアストン マーティンDB3Sよりも大きく感じられる。左右が盛り上がり、車体の先端を把み難くしている広大なボンネット越しの眺めも、こうした感覚を強めている。メーター類はベーシックなものであり、中央にあるタコメーターの目盛りは11000rpmまで。左右にはタコ・メーターより小さ目の油圧計と水温計が配置されている。メーター・パネルの下部には、ランプ、燃料ポンプ、そしてチョークを含むスイッチ類が1列にまとまっており、2つの赤い警告灯がオイル・レベル他を報せてくれる。また、大きなステアリング・ホイールの中央には、エグゾースト・ノイズのうるさいSLRに必要なクラクション・ボタンがある。W196で1シーズン戦ったモスとファンジオにとって、オフセットされた駆動系を足でまたぐレイアウトにそれほど違和感はなかったに違いないが、筆者には馴染めず、そのせいで運転席が狭く感じた。ロール紙に記したペース・ノートを小箱の中で巻き取っていたジェンクスは、かなり窮屈だったに違いない。

今日は気温が低いため、エンジンが温まり、油温計の読みが上昇するまで少し時間がかかったものの、コクピットによじ登る時は既に暖気は終了していた。偉大なマシンのエンジンを始動する時はいつも胸が高鳴る。そんなわけで、SLRのエンジンを再始動する際はワクワクした。キーを押し込むとポンプが始動し、回すとマグネトーが通電する。いよいよ親指でスターター・ボタンを押す時だ。暖機運転の音を聞いていた後でも、SLRのドラマチックな始動音にはやはり気分が高揚する。アクセルに力を加えると、それに的確に反応する形で回転数が上がり、右側のシルのさらに外側からエグゾースト・ノイズが響く。

ドイツのZF製5段変速機の性能を余すとこなく引き出すための精密なシフト・レバー。


6段のギア・ゲートと、それから伸びるスチール製の細身のシフト・レバーは、右手操作とも相まって、少し練習が必要だ。後方から前方へ、また最初は内側で前方へというシフト・パターンに最初は戸惑ったものの、2速と3速のラインに寄せる強力なスプリングのおかげでシフト操作のコツを掴むまでそう時間はかからなかった。ギアを操作する前に、合金製のシフトノブの中央にあるボタンを押す必要がある。シフト・ダウンする場合、3速よりも5速に入りやすいと注意された。動作が大きめで正確さを要するものの、シフト操作は軽く、滑らかだ。ただし、出だしでスリッピングを避けるには、重いクラッチの操作に細心の注意を払う必要がある。トルクのピークが5620rpmであるため、D-タイプや300Sほど瞬時には反応しないものの、4000rpmを超えたあたりから驚くほどのパワーを発揮する。

ただ単に数値だけを比べるのなら、先進的なエンジンやサスペンションの点で、確かに現代のレーシング・マシンの方が有利だ。だからSLRの名誉のためには、デモンストレーション走行で時にニュースの見出しを飾る程度の走りがちょうど良いのかもしれない。重量が830kgしかなく、オープン・タイプの方が軽量で身軽なため、モーター・ジャーナリスト、ゴードン・ウィルキンスが300SLRクーペで計測した値(0〜97km/h加速6.8秒、0〜160km/h加速13.6秒)よりも速く感じる。エンジンは、タービンのようにスムーズにパワーを生み、このドイツが生んだ最高傑作のクルマに当然のごとく期待される特性として最高度の剛性を備え、その驚くような轟音が確かに速く感じさせる。

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