【ミッドセンチュリーの美】コンチネンタルでパーム・スプリングスを流す 後編

公開 : 2020.08.22 16:50  更新 : 2020.12.08 08:35

1950年代の過剰なクルマづくりを象徴するモデルであり、観音開きの傑作とも評される、リンカーン・コンチネンタル。美しいモダニズム・デザインが、パーム・スプリングスに残るミッドセンチュリーの町並みに良く映えます。

もくじ

パーム・スプリングスの廃れた過去
思わず写真を取りたくなる美しい邸宅
滑らかにゆったりと回る7LのV8
きっかけは1968年式のコルベット
再評価されるミッドセンチュリー
リンカーン・コンチネンタル(4代目/1961年〜1969年)のスペック

パーム・スプリングスの廃れた過去

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:James Mann(ジェームズ・マン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
リンカーン・コンチネンタルの大きなステアリングホイールを軽々と回しながら、メンラッドが話す。「パーム・スプリングスを初めて訪ねたのは1978年前後。素晴らしいリゾート地だと聞いていましたが、実際は廃業した店ばかりでした」

「この街に何が起きたのだろう、と何日も消沈したのを覚えています。1999年に家を買うまで、しばらくは訪れませんでした。当時は、売却物件という看板が出ていなくても、ほとんどの建物は購入できたのかもしれません」

リンカーン・コンチネンタル(4代目/1961年〜1969年)
リンカーン・コンチネンタル(4代目/1961年〜1969年)

「買い手がいないので、不動産売買の市場には載っていませんでした。古びた、砂漠の中の街でしたね」。笑いながら有名な住宅地、サンモアへ着いた。静かな通りには、沢山のヤシの木と、平屋の広々とした一戸建てが並んでいる。

このサンモアは、1950年代に開発された住宅地。プレ・ファブリック住宅が立ち並ぶ。どれも似た間取りらしいが、一軒一軒、見た目は違う。開放的な玄関先もあれば、閉鎖的な門構えの家もある。

「一部は建築家が設計した邸宅もありますが、多くはほかの図面をコピーしたような住宅です。ロバートCヒギンズや、ジャック・マイゼルマンなどですね。間取りは似ていますが、ファサードやルーフラインを変えて、デザインを差別化しています」

「わたしは石の張られた屋根が好きです。ミッドセンチュリーの、パーム・スプリングスを象徴するようなエリアといえるでしょう」。メンラッドが教えてくれた。

思わず写真を取りたくなる美しい邸宅

一部の家はメンテナンスされておらず、輝きを失っていた時代を残している。「この家は放置状態ですね。かつてはどこもこんな感じでした」。リンカーンの大きく開いたサイドウインドウから手振りで示す。

修復を受けた家も少なくない。手入れされた木々の庭に囲まれた黄色い建築が美しく、思わず写真を撮った。「わたしは自然と人工物とが混在する景色が好きです」。セイヨウネズや芝、サボテンの中に、風通しの穴が空いたブロックが重ねられている。

リンカーン・コンチネンタル(4代目/1961年〜1969年)
リンカーン・コンチネンタル(4代目/1961年〜1969年)

「ミッドセンチュリーの美しい建築は、第二次大戦中に輸送ハブの機能も果たしていた、空港付近の通りにも残っています」。大きなリンカーンが、道の途中に残るコンクリート舗装の丸い一角を旋回する。

ここは以前、空軍基地だった場所。飛行訓練に用いられていた、C-47輸送機などが駐機されていた場所の名残りだ。第二次大戦が集結すると開放され、その後の処理は市に任されたのだった。

サンモアの住宅地を抜けると、メンラッドはリンカーンのコラムシフトを下へスライドした。コンチネンタルのアクセルを踏み込み、アグア・カリエンテ・インディアン居留地を目指す。

左右を挟んでいた鮮やかな住宅は姿を消し、一面の砂漠に変わった。ここなら、筆者も運転を許してもらえそうだ。

通りを走り抜ける、1962年製のリンカーン・コンチネンタルを眺める。先鋭的なデザインだということに、改めて気付かされる。ライバルモデルたちより車高が低く、スリークな佇まいだ。

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