絶望のランチア デルタ・インテグラーレ・エボとの惜別(1) 自分の延長になる愛車

公開 : 2025.12.06 17:45

心を掴んで放さないデルタ・エボ 信頼性と希少性で近年は殆ど乗れず 愛車との別れは愛する人を失う悲しみに近い? 人生最大級であろう幸福感 UK編集部の1人が経験したランチアとの惜別

心を掴んで放さないエボのスタイリング

先日、筆者は大切な来客者をガレージへ招き入れた。彼の歓喜溢れる表情が、脳裏に焼き付いている。全長は3900mmしかなく、全幅は1770mm。スチールとプラスティック、レザーやラバーで構成されたイエローのランチアが、目線の先にあった。

工業部品が精巧に組み上げられたインテグラーレ・エボは、彼が夢に描いてきた1台だという。同時に筆者は、最愛のハッチバックを手放すという、絶望感へ包まれていた。

ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボ・ジャッロ・フェラーリ(1992年式/欧州仕様)
ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボ・ジャッロ・フェラーリ(1992年式/欧州仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

1980年代から1990年代にかけて、世界ラリー選手権のグループAカテゴリーを席巻したデルタ・インテグラーレは、筆者にとっても夢のクルマだった。モデル末期に投入された、アグレッシブなエボのスタイリングは、心を掴んで放さなかった。

研ぎ澄まされたパワートレインの反応と、アスファルトを斬りつけるような走りへ、最後まで魅了されていた。新車価格は約2万5000ポンドだったが、2000年代に入ると下落。2001年に限定のジャッロ・フェラーリを見つけ出し、英国へ連れて帰った。

信頼性と希少性で近年は殆ど乗れず

交通量の少ないスコットランドの道が、その頃の自分にとっての通勤路。かつてRACラリーのスペシャルステージだった場所から、さほど離れていなかった。

それから8年後、AUTOCARへ転職。ロンドン近郊へ移り住んだ自分は、デルタを数年間放置した。最近までに増えた走行距離は、1万5000kmほど。家族が増えた今はスコットランドへ戻ったが、デルタの信頼性と希少性を踏まえると、殆ど乗れていなかった。

ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボ・ジャッロ・フェラーリ(1992年式/欧州仕様)
ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボ・ジャッロ・フェラーリ(1992年式/欧州仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

2017年には、走行距離6000kmほどのデルタ・エボ・インテグラーレ・ジャッロ・フェラーリが、アメリカで14万2000ポンドで売れたという。2022年の英国では、2万7000km走った個体へ10万5000ポンドが付いている。

自分のデルタは14万kmで、想定価値は6万ポンド(約1224万円)らしい。子育て資金が必要な筆者にとって、渇望の金額だったことは間違いない。

人格と絡み合い自分の延長になる

デルタのオーナーは、絶対に売ってはならない、と口にすることが多い。24年ともにした自分も、余程のことがない限り売らないと決めていた。だが、遂にその時は来た。

本当に苦渋の決断だった。余りの辛さで、クルマに関するトラウマができそうに思えた。小さなイタリア車へ抱くこんな感覚を、読者なら理解していただけると思う。

ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボ・ジャッロ・フェラーリ(1992年式/欧州仕様)
ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボ・ジャッロ・フェラーリ(1992年式/欧州仕様)

そこで筆者は、心理学者のクリスチャン・ジャレット博士へ相談してみた。彼によれば、所有物は人格と深く絡み合い、自分の延長になることがしばしばあるとか。

心理学者のキム・キョンミ氏の研究を引用し、ジャレットは次のように解説する。「自己の形成に関与することが知られる脳の領域は、モノの所有を通じて、その外部のモノと自身との結びつきを作ることにも関与しているようです」

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・ウェバー

    Richard Webber

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

デルタ・インテグラーレ・エボとの惜別の前後関係

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