【説明できる?】なぜフェンダーミラーは消えたのか JPNタクシーは今も採用 意外な真相

2019.12.08

100字サマリー

当たり前だったフェンダーミラー。若年層ならば、見たことないという人もいるかもしれません。フェンダー→ドアミラーになった経緯。それぞれのメリット/デメリット。いまなおJPNタクシーが採用する理由まで。

もくじ

化粧用の手鏡で後方確認の推奨も
フェンダー→ドアミラー 日本解禁の経緯
フェンダーミラーのメリット/デメリット
唯一のフェンダーミラー車 意外な理由

化粧用の手鏡で後方確認の推奨も

text:Kouichi Kobuna(小鮒康一)

どうしても死角が多くなってしまう自動車において、見えづらい部分をカバーするミラー類は非常に重要な役割を果たしている。

最近では一部の車種にカメラとモニターを使用したデジタルアウターミラーも採用されているが、ほとんどの車種でドア部分に装着されたドアミラーが装着されているのはご存知の通りだ。

法令用語では「後写鏡」と呼び、ドアミラーなど車両の外側に備わるものを「車体外後写鏡」と呼ぶ。
法令用語では「後写鏡」と呼び、ドアミラーなど車両の外側に備わるものを「車体外後写鏡」と呼ぶ。

なお、このミラーなどのことを法令用語では「後写鏡」と呼び、ドアミラーなど車両の外側に備わるものを「車体外後写鏡」と呼んでいる。

そんな安全運転に欠かせない「車体外後写鏡」だが、装着が義務化されたのは1949年のこと。左右への装着が義務付けられたのは1962年と意外と最近の話なのである。

余談ではあるが、世界において後写鏡に初めて言及したのは、当時のイギリスの女性レーシングドライバーであるドロシー・レヴィットが1906年に発行した著書の「The Woman and the Car」の中と言われている。

そこには運転のアドバイスとして化粧用の手鏡を使って時折、後方を確認する方法が書かれていた。

フェンダー→ドアミラー 日本解禁の経緯

義務化された当初は車両のフロントフェンダー部分に装着する「フェンダーミラー」が一般的で、現在のような「ドアミラー」は認可されておらず、装着=違法改造となる時代が長く続いていた。

しかしドアミラーを採用する輸入車に対する非関税障壁であるとの指摘を受け、1970年代後半には輸入車においてドアミラーを解禁、1983年には国産車を含むすべての車両でドアミラーが解禁となった経緯がある。

1970年代後半には輸入車においてドアミラーを解禁、1983年には国産車を含むすべての車両でドアミラーが解禁となった。
1970年代後半には輸入車においてドアミラーを解禁、1983年には国産車を含むすべての車両でドアミラーが解禁となった。

ただ、すべての輸入車がドアミラーだったかというとそうでもない。

例えば日本でも人気の高いクラシックミニなどはイギリス本国でもフェンダーミラー仕様が販売されていた時期が長く、今でもTEXやルーカスといった英国ブランドのフェンダーミラーをあえて装着する愛好家も少なくない。

とはいえ大多数の車両がドアミラーとなった現在では、もはやフェンダーミラーは過去の存在となる。

旧車を表すアイコンとなりつつあるが、なぜフェンダーミラー車は消滅してしまったのだろうか?

 
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