【2025年モデルに乗って思い出した究極の240ZG】まさに高嶺の花!S30型日産フェアレディZ 『Gノーズ』を手に入れたオーナーの話

公開 : 2025.04.21 12:05

地元で有名な低走行の240ZGを狙い続ける

30歳の時にも240ZGを購入せず、別のフェアレディZを買ったが、このタイミングでは高嶺の花だから手が出なかったのではなく、クルマの整備を生業としている者の御眼鏡に適う良質な販売車がなかったのでパスしていた。

「実は、ずっと欲しかった240ZGがあって、オーナーの弟を通じて口説き続けていました。でも、この個体を欲しがっているライバルが数十人いたので、快諾してもらえず、かなりの時間が流れてしまいました。もう無理かな、と思っていたら、ある日、オーナーの弟である私の友人から電話があり、240ZGのことをまだ忘れていなかったら買うか? と言ってくれたので、2010年に購入することができました。

直列6気筒L24型SOHCエンジンの排気量は2393ccのまま。40φのソレックス、タコ足、電磁ポンプ、フルトラの装備とカムシャフトの変更ぐらいにとどめている。
直列6気筒L24型SOHCエンジンの排気量は2393ccのまま。40φのソレックス、タコ足、電磁ポンプ、フルトラの装備とカムシャフトの変更ぐらいにとどめている。    山本佳吾

友人の兄が私に譲ろうと思った最大の要因は、33ナンバーを引き継げるからでした。当時、本物のMk-1用パーツで組んだ1989年式のミニ1000Mk-1仕様に乗っていましたが、6年ぐらい愛用していたこのクルマを手放し、念願だった240ZGを買いました」

Gノーズと呼ばれるエアロダイナノーズは、本物はウレタン製バンパーだが、中古品でも高価で流通しているので、これを純正形状フルコピー品のファイバー製バンパーと交換。

足まわりもオール純正品ではないが、カーペットは往時のままで、ガラスやレンズの交換歴もナシ。ボディは2回オールペイントしている。これほどまでにオリジナル度が高い240ZGは、そうそうないだろう。

記事に関わった人々

  • 執筆

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」。
  • 撮影

    山本佳吾

    Keigo Yamamoto

    1975年大阪生まれ。阪神タイガースと鉄道とラリーが大好物。ちょっとだけ長い大学生活を経てフリーターに。日本初開催のWRC観戦をきっかけにカメラマンとなる。ここ数年はERCや欧州の国内選手権にまで手を出してしまい収拾がつかない模様。ラリー取材ついでの海外乗り鉄旅がもっぱらの楽しみ。格安航空券を見つけることが得意だが飛行機は苦手。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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