【アンバサダーは鈴木亮平氏】新ブランドコミュニケーション発表!『再スタート』会見で日産が言いたかったこと

公開 : 2025.04.23 07:05

真正面から挑戦することの大切さ

その後、日本マーケティング本部副本部長の大谷由紀子氏から、新ブランドコミュニケーションについて説明があった。策定に先立ち、「(日産に対して)皆様から様々な注目が集まり、ご意見をいただく中、日産は今後どのように皆様の日常に貢献するべきかを議論した」という。

その結果「お客様を起点に、新たなスタート切るべきだと考えました。技術やクルマ自体の魅力を伝えることはもちろんのことですが、それ以上にこれからは、技術やクルマがお客様の生活にどのような変化をもたらし、ワクワクする未来を提供できるのか、その点をしっかり説明していきたい」というのだ。

日産の社員一人ひとりが地に足をつけて、一歩一歩前に進もうとしている。
日産の社員一人ひとりが地に足をつけて、一歩一歩前に進もうとしている。    桃田健史

正直なところ、表現としては抽象的過ぎる印象だ。

ところが、その後の登壇したエンジニアやブランド体験店舗開発者と、ブランドアンバサダーの鈴木亮平氏との自然な会話の中で、社員一人ひとりが地に足をつけて、一歩一歩前に進もうとしている素直な笑顔が印象的だった。

鈴木亮平氏は「僕自身も、人生において挑戦し続ける、変化し続ける、変化を恐れないことを心情としている。いま、新しい挑戦をしようとしている日産と同じ方向を向いて、何より楽しみながら、皆さんにこのワクワクをお伝えしたい」。

それは、台本にある台詞ではなく、彼自身の言葉であるように感じた。次の時代に向かう日産にとって、良きブランドアンバサダーである。この会見、その名の通り、日産の再出発について皆で語り合う場であった。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    桃田健史

    Kenji Momota

    過去40数年間の飛行機移動距離はざっと世界150周。量産車の企画/開発/実験/マーケティングなど様々な実務を経験。モータースポーツ領域でもアメリカを拠点に長年活動。昔は愛車のフルサイズピックトラックで1日1600㎞移動は当たり前だったが最近は長距離だと腰が痛く……。将来は80年代に取得した双発飛行機免許使って「空飛ぶクルマ」で移動?
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

業界に激震!日産、ホンダ、三菱が3社協業検討開始の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事