世界で1台『マッチのマーチ』が登場!レストア担当は現役の学生たち #TAS2026【日本版編集長コラム#64】

公開 : 2026.01.11 11:35

AUTOCAR JAPAN編集長ヒライによる、『日本版編集長コラム』です。最近乗ったクルマの話、取材を通じて思ったことなどを、わりとストレートに語ります。第64回は東京オートサロン2026に登場した『マッチのマーチ』の話です。

マッチのマーチがあなたの街にリターンマッチ

現在開催中の東京オートサロン2026。私も初日を現地取材させて頂いたが、その盛況ぶりは各車のレポートからも伝わってくるかと思う。

そんな中で私が気になったモデルが、日産ブースに展示された初代『日産マーチ』(K10型)。ご存知、1982年10月22日にデビューしたFFの3ボックスハッチバックだ。

東京オートサロン2026の日産ブースに展示された初代『日産マーチ』。
東京オートサロン2026の日産ブースに展示された初代『日産マーチ』。    山田真人

こちらは日産自動車大学校による『マッチのマーチがあなたの街にリターンマッチ』プロジェクトを通じて、学生たちの手によりレストアされたもの。車両自体は近藤真彦が2024年に購入した5ドアのATで、ご本人が『日産メカニックチャレンジ』で学生たちに「MTに載せ替えたい」と話したのがスタートだった。

初代マーチの車名が公募制で、当時のテレビCMで近藤真彦が『マッチのマーチがあなたの街にマッチする』と放ったキメゼリフはあまりにも有名だろう。そのキャッチコピーをプロジェクト名にも採用したわけだ。

歴史を遡ると、初公開は1981年10月30日から11月10日まで開催された『第24回東京モーターショー』で、その時はまだ『日産NX・108』と呼ばれていた。

こちらはジョルジェット・ジウジアーロが日産へ売り込んだことから始まったという『FF1000cc乗用車』プロジェクトで、そのスタイリングやパッケージは、彼の代表作である初代フォルクスワーゲン・ゴルフフィアット・ウーノなどに通じるものがあった。

150万通を超える車名応募

車名の公募が始まったのもほぼ同時で、同年10月27日に概要が発表されている。応募期間は10月29日~12月20日で、決定車応募者の中から30名に実車を賞品ととして贈呈するという、かなり大がかりなもの。ちなみに車名を公募するのは1966年のサニー以来、16年ぶり2度目となった。

この企画は大好評で、11月末時点で150万通(!)を突破。12月1日には、『年末年始の休み中にじっくり車名を考えたい』という要望が大きくなったことなどを考慮して、翌年1月15日までの締め切り延長が発表されている。

初登場は1981年の第24回東京モーターショー。この時は『NX・108』と呼ばれていた。
初登場は1981年の第24回東京モーターショー。この時は『NX・108』と呼ばれていた。    日産自動車

その時点で応募が多かった車名は、1位ポニー、2位フレンド、3位ラブリー、4位シャトル、5位スニーカー。ちなみにサニーの時は1位フレンド、2位ポニーの順番だったそう。

マーチの車名が発表されたのは1982年3月13日のこと。応募はがきは565万1318通、車名は216万6458種類と予想を上回るもので、社会的にも大きな話題と関心を集めた結果となった。

日産は公正かつ客観的な審査を期するとともに、新しいFF1000ccの乗用車に相応しい車名を選考するため、『日産1000cc車名審査委員会』を結成。委員長は大来佐武郎元外務大臣が務め、審査委員は森英恵、岡本太郎、竹村健一、中村紘子、黒川紀章、石原裕次郎、松坂慶子、加山雄三、王貞治という、各界を代表する著名人で構成された。

審査は、コンセプトを十分に表現、発音しやすく覚えやすい、商標権上大きな問題がないなどの基準が設けられ、最終的には『マーチ』(MARCH)が選ばれた。『行進する』、『マーチ(行進曲)』、『3月』などの意味を持ち、軽快な躍動感と若々しさがイメージに相応しいことなどが決定の理由となった。

そして、同年10月22日に3ドアの発売を開始。近藤真彦出演によるテレビCMが話題となるという流れだ。今回レストアされた5ドアは、翌1983年9月26日に発売されている。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。
  • 撮影

    山田真人

    Makoto Yamada

    1973年生まれ。アウトドア雑誌編集部からフリーランスカメラマンに転身。小学5年生の時に鉄道写真を撮りに初めての一人旅に出たのがきっかけで、今だにさすらいの旅をするように。無人島から海外リゾート、子どもからメガヨットと幅広い撮影ジャンルを持つ。好きな被写体は動くものと夕陽。

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