【F1チャンプが駆ったGTA】アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTA 1966年の姿を復元 前編

公開 : 2020.11.29 07:25  更新 : 2020.12.08 08:18

艷やかなボディの、真っ赤なアルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTA。ヨッヘン・リントが1966年のツーリングカー選手権を戦った、本物のレーシングマシンです。見事なレストアが施されたアルファをご紹介しましょう。

もくじ

F1レーサーが戦ったツーリングカーレース
ニュルブルクリンクやスパではリタイヤ
英国、スウェーデン、ハンガリーでの善戦
ヨッヘン・リントの圧倒的な勝利
インリフトの派手なコーナリング

F1レーサーが戦ったツーリングカーレース

text:Mick Walsh(ミック・ウォルシュ)
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
英国の地方サーキットで開催される、ツーリングカー・レース。そこに、F1ドライバーのハミルトンやフェルスタッペンがいたらどうだろう。

1966年6月、風の強い雨の日曜日。ロータス・コルチナのステアリングホイールを握ったのは、ジャッキー・スチュワート。アルファ・ロメオGTAのシートには、ヨッヘン・リントが着いた。

アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTA(1966年)
アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTA(1966年)

現役のF1パイロットが出場するツーリングカー・レースは、今では珍しい。だが1960年半ばには実在した。ヨーロッパ・ツーリングカー選手権(ETCC)での勝利を目指し、アルファ・ロメオはアウトデルタを率いるカルロ・キティに大金を投じた。

モータースポーツ・ファンにとって、実車に近いクルマをスター級のレーサーがドライブする光景は、特別なものだった。今回ご紹介する1966年製のアルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTAも、そのレースを実際に戦った1台。

フロントが低い独特のスタンスは、情熱的なドライビングスタイルに対応するため。24歳のオーストリア人レーサー、リントがドライブしたマシンで、シャシー番号はAR613102だ。

アウトデルタ・チームで1シーズンを競ったのち、このGTAはスウェーデンへ転売。地元のレースを戦い、程なくしてプライベート・ミュージアムに所蔵される。

2010年、アルファ・ロメオ専門ショップのアルファ・ホリックスを運営する、マックスとアンドリュー・バンクス兄弟が購入。1966年の仕様で、レストアが実施された。

細心の注意が払われ、当時の姿を見事によみがえらせている。1970年のF1チャンピオン、リントへ敬意を払うように。

ニュルブルクリンクやスパではリタイヤ

今から54年前、AR613102のGTAはアウトデルタ・チームで組み上げられ、5月28日にトロフェオ・ジョリー・ホテルでデビューしている。イタリアのホテルチェーンによる、プロモーション・イベントだ。

6日間の開催で、シチリア島のパレルモをスタートし、イタリア各地を巡るレースだった。ハイライトは、タルガ・フローリオのコースや、ヴァレルンガ・サーキットが日程に含まれていたこと。ゴールは、アドリア海沿岸の美しい港町、トリエステだった。

アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTA(1966年)
アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGTA(1966年)

参加車両は、アバルト850からフェラーリ250LMまで多彩。当時のアルファ・ロメオ社長、ジュゼッペ・メロージはイベントの内容を気に入り、新しいGTAの出場を決めた。

シチリア島出身のル・マン優勝レーサー、ニーノ・バッカレラへ参加を打診。彼はエンリコ・ピントとチームを組み、8分の差をつけて勝利した。

翌月、AR613102のGTAは、ETCCのモンヴァントゥ・ヒルクライムに参加するため、ポルシェ906やフォードGT40などとともにフランスにいた。最大のクラスライバルは、ロータス・コルチナだ。

エンリコ・ピントは1600ccのGTAを攻め立て、全長21kmのヒルクライム・コースを12分22秒で走破。総合14位、クラス3位の入賞を果たす。優勝したのはポルシェ906を駆るゲルハルト・ミッター。10分44秒という、驚異的なタイムを残している。

丘を登りきると、AR613102のGTAは本格的なレース活動へ移る。ニュルブルクリンク6時間レースへ出場するが、エンジン・トラブルでリタイア。3週間後のスパ24時間レースでも、ピストンの不具合でリタイアに沈んだ。

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