【メルセデスSLを夢見て】キャデラック・アランテ イタリアからボディを空輸 前編

公開 : 2021.01.09 07:25

シャシーはエルドラドがベース

少なくない失敗事例と、大西洋という障害が立ちはだかっていたが、キャデラックは高級2シーターの生産に踏み切る。クラスを牽引していた、メルセデス・ベンツ560SLに対抗するため、構想は1982年から練られていた。

ビッグ3の1社とピニンファリーナ社とのモデル開発は、依頼する側、される側以上の関係性で進められた。ピニンファリーナ社がディレクションに深く関わり、GMのチーフデザイナー、デイビット・ヒルは毎月1週間はトリノに滞在するほど。

キャデラック・アランテ(1986〜1993年)
キャデラック・アランテ(1986〜1993年)

キャデラックがアランテの開発をスタートさせた当初、ライバルと同じフロントエンジン・リアドライブのパッケージで検討されていた。だがピニンファリーナ社は、降雪地でのフロントドライブの有利性を強調。考えを改めさせた。

加えて、FFのレイアウトがもたらす、スタイリング上の可能性も狙っていた。そこで選ばれたプラットフォームは、当時のエルドラドも採用していたE/Kシャシー。試作車のために、フロアパンとエンジン系統がトリノへ運ばれると、215mm短縮された。

サスペンション回りも、エルドラドがベース。フロントがコイルスプリング、リアがコルベットのような1枚の大きなリーフスプリングという構成になっていた。ハードウェアの多くは既存部品の流用だったが、いくつもの改良は施されていた。

ダンパーは、内部抵抗を調整するディスクが付いた専用品。ボッシュ製のアンチロック・ブレーキ・システムを搭載するため、ハブ回りも手が加えられている。

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