純正タイヤを選ぶ理由 ピレリのパブリックイメージ(後編)【サイトウサトシのタイヤノハナシ 第21回】

公開 : 2026.06.17 12:05

タイヤの達人・サイトウサトシが、30年以上蓄積した知識やエピソードを惜しみなく披露するこのブログでは、各タイヤメーカーのパブリックイメージをおさらい中。第21回はピレリの後編です。

ドリフト大会inヴィッツォーラ

ピレリにヴィッツォーラというテストコースがあります。イタリア・マルペンサ空港近くだったと記憶しています。ブラジルにも同じレイアウトで作られたコースがあるのだそうです。コース全周に散水できる仕様でした。

記憶が曖昧なのですか、確かそのヴィッツォーラのテストコースでの試乗会、P-ZEROシステムではなかったかと思います。

素晴らしくコントローラブルだったアウディR8。
素晴らしくコントローラブルだったアウディR8。    斎藤聡

はっきりしているのは、ボクがきっかけで、ヴィッツォーラ・ドリフト大会が始まってしまったこと。

P-ZEROシステムは、前輪がディレッツオナーレという、縦溝主体で排水性重視の方向性パターン。後輪用がアシンメトリコという、トラクション性能重視の左右非対称パターンで、当時としてはビックリするくらいウエット性能がよかったんです。

で、つい調子に乗り、試乗車のポルシェ911(964)で所々に水たまりのあるコーナーにドリフトしながら進入してみると、これがとってもコントローラブル。楽しくなって走りまくっていたら、ご一緒したレポーター諸氏にも伝播して……。

すると、テストドライバーが管制塔から早足に出てきて、手招きするんです。

あ、これは怒られるな、やり過ぎた! と手招きするテストドライバーにクルマを寄せると、特にお咎めもなくドライバー交代。

「俺だってドリフトできるぞ」と言い残し、ピットアウト。それは見事なドリフトを披露してくれたのでした。

以来、ボクの中では『ピレリのテストドライバーは熱い』というイメージが出来上がりました。

感性から理性のタイヤ作りへ

当時(1980年代~90年代前半)、ピレリのタイヤは、P7、P-700、P700Zと、どれも扱いやすいハイパフォーマンスタイヤでした。その一方で、操縦性は感性優先というか、最終的な味付けを評価ドライバーが感性で作ったような印象がありました。

それが悪いというわけではないのですが、フランス系タイヤが『理詰めのタイヤ作り』とすると、ピレリは『イタリアの熱い血潮と感性で磨き上げられたタイヤ』というイメージ。

ポルトガル・エストリルで行われた、第4世代P-ZEROの試乗会。
ポルトガル・エストリルで行われた、第4世代P-ZEROの試乗会。    斎藤聡

ところがボクの中で、ピレリが大きく変わったと感じたのは、P7000の登場です。すごく理性的なタイヤになったなあという印象を持ちました。

その時の開発責任者がマウリシオ・ボヨオッキさんで、『理性的にタイヤを作る人』として僕の中に記憶されたのでした。

それから約20年後の2011年。ピレリがF1に復帰した時、タイヤ研究開発ディレクターとして登場したのがまさにボヨオッキさんで、驚いたのを覚えています。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    斎藤聡

    1961年生まれ。学生時代に自動車雑誌アルバイト漬けの毎日を過ごしたのち、自動車雑誌編集部を経てモータージャーナリストとして独立。クルマを操ることの面白さを知り、以来研鑽の日々。守備範囲はEVから1000馬力オーバーのチューニングカーまで。クルマを走らせるうちにタイヤの重要性を痛感。積極的にタイヤの試乗を行っている。その一方、某メーカー系ドライビングスクールインストラクターとしての経験は都合30年ほど。

サイトウサトシのタイヤノハナシの前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事