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2019.03.10

ランボルギーニCEOにインタビュー フェラーリへの対抗心 今後のプラン

編集部より

フェラーリF1チームの代表から、ランボルギーニCEOに転じたステファノ・ドメニカリにインタビューしました。不本意な形でスクーデリア・フェラーリを去ったドメニカリでしたが、いまではランボルギーニ復活の立役者として、さらなる躍進に向けたプランを温めています。

もくじ

時の流れは早い 思い出は複雑
ドメニカリ 5つの計画
その1:ブランド認知度
その2:販売台数
その3:自然吸気+ハイブリッド
その4:第4のモデル
その5:ハイパフォーマンス・ドライバーズカー
番外編1:ステファノ・ドメニカリ略歴
番外編2:忘れ得ぬ過去

時の流れは早い 思い出は複雑

バーレーン・インターナショナル・サーキットにある仮設事務所で、ステファノ・ドメニカリは懐かしい瞬間を思い出していた。「時の流れは非常に早いものですが、それで良いと思っています」と、この快活な53歳は話す。「時間の流れを遅いと感じるようなら、何かが間違っているのです」

木々が立ち並ぶサーキットのパドックや、周囲を威圧するような9階建てのサヒールタワーは、今日ここに集まった取材陣やサポートスタッフの誰よりも、ドメニカリにとっては馴染み深い場所だ。

このF1サーキットは、新型ランボルギーニ・ウラカンEvoのプレス発表の舞台であり、ドメニカリはアウトモビリ・ランボルギーニのCEOとして、この最新のスーパーカーを世界中の自動車関連メディアに紹介するためにここに来ている。


ドメニカリがランボルギーニCEOに就任してから、今月で丸3年になる。グレーのスーツを着こなし、ビジネスライクなイメージの強い自動車業界トップが多いなか、率直で楽天的なドメリカリのような人物は珍しい存在だ。

彼はこれまでに何度もこのサーキットを訪れているが、それは常にスカーレットレッドのフェラーリ・フォーミュラF1チームのユニフォームに身を包んでのことだった。2007年から2014年まで、彼はフェラーリF1チームの代表を務めており、バーレーン・サーキットでは、2008年と2010年にフェラーリによるワンツーフィニッシュを経験している。

だが、彼の7年に及ぶ任期のあいだに、この砂漠のサーキットでの勝利も過去のものとなり、ワールドチャンピオンのタイトルからも遠ざかっていたことから、2014年4月、ドメニカリは辞任を発表しているが、それは自らの意志だけではなかったのかも知れない。

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