41万km走破のランボルギーニ・ムルシエラゴ どう違う? なぜそうなった?

公開 : 2017.05.14 00:00  更新 : 2017.05.29 19:21

41万kmを走破したランボルギーニ・ムルシエラゴがこのページの主役です。いかにして距離を刻んだのでしょうか? さらに、このクルマを襲った事件とは?

41万km走ったムルシエラゴ

スーパーカー達が抱える皮肉とは、それらが走らせる快楽を追求して造られたクルマだというのに、その多くは走行距離を極めて短いものとしている事実である。

だからこそ、エアコンの効いた快適なガレージで大切に保管されるスーパーカー達にとって、41万kmを走破し、瀕死の状態から蘇った眩いオレンジに光るサイモン・ジョージのランボルギーニ・ムルシエラゴは眩しく見えるのだろう。

危険と隣り合わせの人生

ジョージのランボルギーニ所有までの道のりはちょっと変わっている。

1990年代の終り頃、彼はイギリスのガス会社に勤めるエンジニアであったが、同時に不動産を売買するちょっとしたポートフォリオを持っていた。2004年に、益出しをして、約£30,000(440万円)を得ると、これを元手にして、ムルシエラゴの新車を購入した。

「私の人生はいつも危険と隣り合わせでした」彼はそう言う。

「クルマの値段は、約£180,000(2,600万円)で、月の支払いは45万円程度でしたから、8ヶ月位をカバーするお金しか手元になかったのです。だから、このクルマを維持する方法を考えなければいけませんでした」

そして、彼は、スーパーカーを試乗させる会社に就職する。サーキット・ライセンスも取得し、インストラクターとして顧客と同乗。彼らが走行を楽しむ姿を横目で窺った。

数年すると、彼はアンディ・カニングスと共に独立して、シックス・ギア・エクペリエンスを設立する。ムルシエラゴは、そこのフラッグシップとして扱われた。

最初の5年間、ムルシエラゴは大変な人気で、シックス・ギア・エクペリエンスのために、年間90のイベントに召還される。そこで多くのドライバー達を魅了した。

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