7台のアバルトに乗る

公開 : 2017.06.04 11:40  更新 : 2017.06.04 12:35

1950年代の魅力的なザガート・ボディをまとった750GTから、595SS、1000ベルリーナ・コルサ、OT1000。そしてフィアット傘下となった後の124、131、そしてリトモのアバルト・モデルまで、懐かしのアバルト7モデルのステアリングを握ってみました。

フィアット500を改造したロードカーからグループ5のレーサーやラリーのウィナーまで、ロス・アルクレイシが歴代のアバルトに乗り、その進化を検証する。

アバルトという会社の歴史は、創業者カルロ・アバルトの人生を完璧に映し出すものだ。生き延びるために、そして成功するために、どちらも何度となく生まれ変わった。オーストリアでモーターサイクル・レーサーだった男は、戦時中はユーゴスラビアでエンジニアとして過ごし、イタリアで起業。その会社はカスタムカーの製作業からマフラーのスペシャリスト、チューナー、さらにフィアット社内のラリー部門へと転身した。

半世紀にわたって、カルロは設計、生産、パフォーマンスのすべてに変わらぬ激情を注ぎ込み、それがアバルト製品のトレード・マークになった。創業当初の時代では手作りのスペシャル、シングル・シート・レーサー、レコード・ブレーカーなどが記憶に残るが、1955年以降、アバルトの多くは量産車をベースとするようになる。

フィアットの可愛らしい500や600が彼の手にかかってレースの世界に進むと、アバルトは高性能なモデファイド・カーの代名詞になった。これらの小さなレーサーに触発され、自分のクルマに手を加えたいエンスージァストが増加した。赤いストライプとツイン・パイプのマフラーだけのモデファイでも、また国際規格に適合するフルチューンのレーサーでも、アバルトは彼らの期待に応えることができた。

こうした成功にもかかわらず、500や600、850の生産が終了するとアバルトの資金は底をつき、1971年にフィアットに買収されてしまう。これがアバルトの終焉を告げることにもなりえたのだろうが、実際にはここからラリー界でのさらなる成功が始まる。

まずは124と131で、後にはランチアのインテグラーレや037で、アバルトは躍進を続けた。アバルトは今日、自動車の世界における最も豊かで、最も成功に満ちた伝説的存在だ。さて、そろそろ具体的にクルマを見ていこう…。

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