追悼 セルジオ・マルキオンネ 画像で振り返るその人生 前編

公開 : 2018.07.27 11:10

2000年代のマルキオンネのキャリア

ALグループが2000年に化学物質に特化したロンザ・グループを独立させると、マルキオンネはそのCEOとなった。そして2002年、彼は会長の座に就任した。同じ年、スイスの物流と検査を行う会社のSGSがマルキオンネをCEOとして招いたが、彼は約2年でその座を退いた。

フィアットに移籍した後、マルキオンネは合併相手を模索するとともに、条件が揃えばそのビジネスの一部または全部を売却する用意もしていた。彼はフィアットの自動車製造部門すら売却を検討していたが、購入者は現れなかった。彼の会社再建への意欲はスイス時代に培われたものが大きいようだ。

フィアットは2000年代初期に最悪の時期を迎えていた。多くのアナリストは同社の倒産を予想し、すでに脆弱であったイタリア経済の大混乱を危惧していた。フィアットの欧州市場におけるシェアは2000年の9.4%から2004年には5.8%まで落ち込んだ。2003年に発売された2代目パンダが最後の望みであった。

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