マセラティでシルクロードをひた走る! トライデント&コルセ生誕100周年を祝福するグランドツーリング

公開 : 2026.07.01 17:05

トライデント・エンブレム100周年、マセラティ・コルセ生誕100周年を記念した『イヤー・オブ・トライデント・グランドツアー』が開催され、日本から吉田拓生が参加しました。担当は中国国内の約700kmです。

トライデント誕生から100年

今年で創業112周年となるマセラティ。これに対し、モデナの老舗スポーツカーメーカーであるマセラティの象徴として知られる三叉の銛『トライデント』のエンブレムは、今年で誕生からちょうど100年を迎えるという。

ご存知のようにトライデントのエンブレムは、マセラティ兄弟の末弟であるマリオ・マセラティによって1926年に描きあげられたもの。彼は兄弟にとって初のレーシングカーであるマセラティ・ティーポ26のために、創業の地であるボローニャと縁の深い海神ネプチューンが手にしている銛をモチーフにした。

マセラティが企画した『イヤー・オブ・トライデント・グランドツアー』に参加。
マセラティが企画した『イヤー・オブ・トライデント・グランドツアー』に参加。    マセラティ

今回、中国の奥地である新疆ウイグル自治区の都市、ウルムチ(烏魯木斉)を訪ねたのは、マセラティが企画した『イヤー・オブ・トライデント・グランドツアー』に参加するためだ。

これはトライデント・エンブレムの100周年、そしてマセラティ・ティーポ26がいきなりタルガ・フローリオを制してみせた史実(=マセラティ・コルセの生誕100周年)を記念したグランドツーリングである。

コースは中国の北京をスタートし、古の交易路であるシルクロードを辿りながら、本国イタリアまで1万4400kmを走破するというもの。といってもコース全体を8つの区間に分けるリレー形式だと聞いてひと安心。

筆者は5区間目となるウルムチから標高2000mを越す高地にあるサリム湖の湖畔を掠め、カザフスタンとの国境にもほど近い都市、イーニン(伊寧)までの700kmほどの距離を2日間かけて走ることになった。

大雨の状況でAWDの真価を発揮

黄砂で煙るウルムチのホテルの前には、10台以上のマセラティがずらりと並べられていた。だがそのステアリングをすぐ握ることはできない。何しろ中国では一般的な国際免許が通用しない。そのため初日は、アジア・パシフィック地域から集まったツアーのメンバー全員で、地元の警察署を訪ねたのだった。

最初にドライブを任されたのは、マセラティ・グラントゥーリズモ・トロフェオの75周年記念モデル。

ツアー参加のため中国の奥地である新疆ウイグル自治区の都市、ウルムチを訪ねた筆者。
ツアー参加のため中国の奥地である新疆ウイグル自治区の都市、ウルムチを訪ねた筆者。    マセラティ

マセラティの一団は混みあった朝のウルムチ市街を抜け、G30号線(連霍高速道路)を西へ向かった。これまでシルクロードといえば『砂漠とラクダ』のイメージだったが、実際は荒野を地平線に向かってまっすぐに貫く高速道路だ。

驚くべきは、道路の左に点々とする距離表示で、そこには3000km台後半の距離が刻まれていた。聞けば、G30号線の全長は4395kmもあるという。中国のスケールの大きさを思い知らされた。

めったに雨が降らないと聞いていた中央アジアに、この日は珍しく大雨が降った。すると日本の常識では考えられないくらい、アスファルトの水はけが悪いことに気がついた。ペースを上げた集団を追うと、120km/hくらいでもハイドロプレーンが起きるのだ。

だがそんなタフな道路状況でも、現行グラントゥーリズモのドライブトレインはAWDなので、直進性は損なわれない。グラントゥーリズモはそのまま『壮大な旅をするクルマ』を意味しており、そこにマセラティがAWDシステムを投入した理由が、これまで以上に理解できた。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    吉田拓生

    Takuo Yoshida

    1972年生まれ。編集部員を経てモータリングライターとして独立。新旧あらゆるクルマの評価が得意。MGBとMGミジェット(レーシング)が趣味車。フィアット・パンダ4x4/メルセデスBクラスがアシグルマ。森に棲み、畑を耕し蜜蜂の世話をし、薪を割るカントリーライフの実践者でもあるため、農道のポルシェ(スバル・サンバー・トラック)を溺愛。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

関連テーマ

おすすめ記事