【ラリー・モンテカルロ優勝】1931年インヴィクタSタイプ 時価2億8000万円 後編

公開 : 2021.02.06 18:25

90年前のラリー・モンテカルロで極寒のノルウェーから地中海を目指し、勝利を掴んだドナルド。1931年の優勝マシン、インヴィクタSタイプをご紹介します。

75台のうち68台が現存するという堅牢さ

text:Mick Walsh(ミック・ウォルシュ)
photo:James Mann(ジェームズ・マン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
シャシー番号S73のインヴィクタSタイプは、PL 9662というナンバーが与えられ、翌年、1932年のラリー・モンテカルロを目指した。スタート地点として選んだのは、スウェーデン北部のウーメオー。

気候は、前年のスタート地点より厳しい。2台目のSタイプは、グリッドに停めている間にトランスミッションのフルードが凍結。鍛冶屋に頼み、ランプで温めてもらう必要があったほど。

インヴィクタSタイプ(1931年)
インヴィクタSタイプ(1931年)

スタートしたインヴィクタは、トラブルフリーで走り、数秒差で2位をキープ。最後のモン・デ・ミュル・ヒルクライムで優勝している。1932年のアルペン・トライアルのステルヴィオ峠では、23分44秒という記録を残した。

ドナルド最後のインヴィクタでの参戦となった、1933年のラリー・モンテカルロ。マシンはローラースケートと呼ばれたタイプSで、エストニアのタリンがスタート地点に選ばれた。

しかしポーランドを走行中、馬車を避けた勢いでコースを外れ、ドナルドはリタイア。雪に覆われた石の道標に衝突し、ラジエターが大破したのだった。さらに世界恐慌がインヴィクタに追い打ちをかけた。Sタイプの販売は伸ばしきれなかった。

モンテカルロで名声を掴んだインヴィクタSタイプだが、その堅牢さは現存する台数を見ればよく分かる。延べ75台が製造されているが、ドナルドがラリー・モンテカルロを戦った2台を含め、68台が今も走れる状態にある。

1931年の優勝マシンは、その後モータースポーツ誌に貸し出され、量産モデルのスペックと一致していることが確かめられている。その内容は、1931年3月号に掲載された。

1930年代のロードカーとして並外れた性能

試乗評価では、「Sタイプは、扱いやすさと活発さを兼ね備え、ドライバーが求めるタフさと信頼性も持ち合わせています」。と触れられている。数kmも走れば充分にマシンを理解でき、難しいところもなく、自信を持って運転できると感じたようだ。

「大きなアクセルペダルを踏めばクルマはあっという間に速度を高め、数秒で97km/hに到達します。アクセルペダルに力を込めずとも。これまでのスポーツカーへ搭載された直列6気筒エンジンの中でも、最も柔軟で滑らかなユニットでしょう」

インヴィクタSタイプ(1931年)
インヴィクタSタイプ(1931年)

「静かでありながら、必要な時に力強く加速してくれます。特に目的がなくても、運転したいと感じさせる種類のクルマです」。モンテカルロで酷使されたにも関わらず、Sタイプのスピードは壮観だった。ステアリングの操舵感が軽いことにも言及されている。

そんなインヴィクタSタイプが、目の前にある。90年前に書かれた記事が本当だと、今でも充分に理解できる。

英国のサリー州郊外、1931年のールドポーツマス・ロードでインヴィクタは唸りを上げて144km/hで疾走した。「見事に安定していて、優れた精度でラインを維持できます」

小さなシンガー・ジュニアで2月の朝に道を走っている時、モンテカルロを優勝したインヴィクタが追い越していく姿を想像してみて欲しい。1930年代初頭のロードカーとして、並外れた性能を誇っていた。

当時のインヴィクタSタイプの価格は、シャシーのみで750ポンド。とても特別なマシンだった。

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