シトロエンを120台所有する男 マニア必見のコレクション(後編) 巨大な個人博物館
公開 : 2025.07.26 19:25
フランスの熱心な自動車コレクターが作り上げた、シトロエン専門の博物館を紹介します。保管されている120台はすべて個人所有で、その1台1台にさまざまな「物語」が詰まっています。ダブルシェブロン愛好家必見です。
もくじ
ー年代の新しいコレクション
ーSM(1971年)
ーGS(1972年)
ーGSビロトール(1974年)
ーGSパラス(1977年)
ーGSバサルト(1978年)
ーGSA(1984年)
ーGSA(1984年)
ーGSAコテージ(1984年)
ーCX 2400 GTI(1977年)
ーCX 22 TRS(1988年)
ーCX REGAMOプロトタイプ(1987年)
ーLNA 11E Cannelle(1983年)
ーヴィザ・スーパー(1978年)
ーヴィザIIス-パーE(1982年)
ーアクセル・エンタープライズ(1986年)
ーBXリーダー(1987年)
ーBX 16 Soupapes(1989年)
ーXM(1992年)
ーAX(1995年)
ーサクソ・エレクトリック(1998年)
ーシトロミュージアム
年代の新しいコレクション
博物館の3つ目の展示フロアには、さまざまなGSおよびGSAモデルに加え、比較的新しいクルマも数多く展示されている。クラシックカーとしての地位を確立しつつあるもの、あるいはまだその段階には至っていないものもある。
AXやエグザンティアといったモデルは減価償却のカーブの底辺にあり、無関心なオーナーの手元に置かれている場合も多く、新車同様の車両を間近で見られることなどめったにない。

ただし、シトロミュージアムではすべてのシトロエン車を所蔵しているわけではない。例えば、ZXやクサラはコレクションには含まれない。フラデ氏は、まだ走行距離が少なく、比較的入手しやすい新しいモデルにはあまり興味がない、と語っている。
SM(1971年)
シトロエンは、1968年に買収したマセラティと共同で、高性能の最上位モデルとしてSMを開発した。このクーペは、油圧式サスペンションによる快適な乗り心地、豪華なインテリア、マセラティ設計のパワフルなV6エンジンなど、フラッグシップモデルにふさわしい装備と性能を誇っていた。1970年の発売当時、SMは欧州市場で最も先進的なクルマの1つとして高い評価を得ていた。
SMは米国でも一時的に成功を収めたが、サスペンションが連邦の車高規制に抵触し、販売中止となった。フラデ氏は、モナコでこの1971年製の個体を購入した。走行距離は3万8000kmで、博物館にはほかにも複数台のSMが保管されている。

GS(1972年)
GSは、1970年に2CVおよびその派生車種と、大型のDスーパーとの間のギャップを埋めるために登場した。この1972年製のクラブモデルを購入した夫婦は、納車後まもなく離婚した。彼らは購入元のディーラーにクルマを返却し、戻ってきた代金を分割したそうだ。
ディーラーは中古車として販売することなく、何十年にもわたって新車同様の状態に保存していた。走行距離は2000km未満で、現存する最もきれいな個体の1つだ。

GSビロトール(1974年)
シトロエンは、M35プロジェクトで得た教訓をGSビロトールに反映させた。最高出力105psのツインローター・ヴァンケルエンジンを搭載し、GSファミリーの最上位モデルとして販売された。価格と装備もそれに応じたものだった。外観では、標準のGSと比べてワイドなフェンダー、専用のホイールとハブキャップ、充実した計器類、一体型ヘッドレストを備えたシートが特徴だった。エンジンが7000rpmのレッドラインに達すると、警告音が鳴った。
GSビロトールは、1973年の石油危機からわずか数か月後に発売されたため、商業的には失敗に終わった。燃費の悪さがロータリーエンジンの大きな欠点の1つであり、シトロエンもそこを改善できなかった。847台が生産された後、販売中止となり、シトロエンはオーナーに太っ腹な下取り額を提示することですべての車両を買い戻そうとした。歴史家たちは、総生産台数の約3分の1が現在も残っていると推定している。

フラデ氏のビロトールは1974年に生産された個体で、1995年にシトロエン愛好家の集会に向かう途中でエンジン故障に見舞われた。フラットベッドで会場に運ばれ、そこで売却され、南フランスのカンヌに輸送された。2009年に、走行距離約2万8000 kmでシトロミュージアムに収蔵された。現在、この個体は修復作業中で、コレクションの中で唯一走れないクルマとなっている。































